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昨年のことですが、副総理の麻生太郎氏が、憲法改正問題をめぐる発言のなかで、不適切にナチスとワイマール憲法を引き合いに出したことが世人の眉をひそめさせて、ちょっとした政治ニュースになるということがありました。(後に氏は、ナチスを例示したことを撤回しました。)
その報道の折に、「ナチスはワイマール憲法を廃止せず、ヒトラー内閣がどんな法律も制定できる全権委任法を作って憲法を骨抜きにしたのだ」という正しい史実を、ドイツ法専門家による解説によって、私は学びました。(2013年8月1日朝日新聞夕刊)
さて我が国に目を転じると、現在の日本にこのような“全権委任法”が存在しないことはもちろんです。とはいえ、もし制定される個々の委任法、つまり内閣が制定する政令において、それらが実質的に国会や裁判所による審査や審判を受けることがないとすれば、実際のところ、それらはナチスの“全権委任法”と何がどう異なるのでしょうか。たとえば、憲法84条が租税法律主義を定めているにもかかわらず、地方税としての国保保険料の公課規定が安易に政令に委任され、しかも本件行政訴訟にみるごとく、司法府さえもが裁判で、その規定の実体的なあり方を無審理に付するという現況は、まさに憲法84条が国政全体によって骨抜きにされている、という状況ではないでしょうか。
国保政令が行政裁量で、法律と憲法をいかようにも骨抜きにし、「法律で定めるという原則」を遵守することなく法令制定しえるならば、事実上、行政府は「全権委任法」を手にしているのです。 法律では、一般的な法の趣旨、原則のみを定め、その内容としての規定においては、政令でどのようにも裁量的に制定できるとしたら、それは全権委任です。「法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」という租税についての憲法規定さえもが、形式的、表面的な文言了解ですり替えられ、その本来の、実体的な憲法趣旨の拘束が無きものにされているからです。(この法制度文脈での憲法規定の本来の、実体的な拘束とは、国保保険料規定の政令を、あらゆる行政の恣意を排して、LR(y1)/(β)の制約、拘束のもとに制定するということです。)
むろん、いかなる意味でも今の日本に、ナチスドイツの統治を容認するような政治家、官僚はいないでしょう。 しかし口先で否定するだけなら誰でも言えます。問題は、今日の日本の委任法令の実態的な制定状況のあり方が、はたしてどうなっているのか、ということです。そしてこの制定局面における現在の行政のあり方が、本当に非ナチスドイツ的であるか、“非・全権委任法的”といえるかどうかは、少しも自明ではありません。そのことを断言できる国会議員、官僚はいるでしょうか。また司法府はこのことを十分に実証し、保障するに足る質と数の、政令についての実体的な審判と判例の積み重ねが存在する、と反論できるでしょうか。私には大いに疑問です。
本当のところ、我が国の政令制定の実態は、限りなく「全権委任法」と同質である、といえるのではありませんか。しかも、もっと巧妙に、もっと密やかに、同様な制定過程による立法行為が、すでにずっと以前から行われている、とさえいえるのではありませんか。
“舌禍事件”をめぐる一連のニュース報道は当然ながら、このような問題側面に触れることなく速やかに収束してゆきました。しかしそこには、例示の適否問題を離れて、これとは別に、私たちが自らに向けるべき根本的な問いが、問われることなく残されたままです。
なぜなら、立法府がある法律規定の制定を行政府に委任するということが惹起する法的課題とは、委任することそれ自体の可否でも適否でもなく、― それは憲法73条6が保障しています― 委任制定された行政法令に対して、立法府、司法府からの分権的監視作用(相互抑制作用)および、“法の支配”に基く分立統治権の間の均衡化作用(いわゆるcheck and balance)が実体的、実効的に作動しているのか、ということだからです。(ただし現在の立法府はこの局面では、“死に体”ですが)
わけても司法府による違憲審査権の確保とその実効作用は、その局面でもっとも重要な権力分立的な統治機能です。この権力分立的な法的関係作用、その機能の稼働、その行為こそが問題なのです。“全権委任”が問題なのも、それによってこの分立権力による外部チェック機能が完全に抑止されるからであり、それゆえ、ナチスの全権委任法とは異なるからといって、それで我が国の委任法令の包括的な制定、および監視状況が、問題なしと確認されるわけではありません。
であればこそ、私たち自身もまた、行政委任法令を“要取扱い注意”の法令として、社会的監視を怠るべきではありません。 憲法を廃止することなく、三権分立も謳いつつ、憲法を骨抜きにする、という統治状況を見過ごしてはならないからです。
ところで、国保保険料の公平な応能負担を求めたこの行政裁判は、以上のことを検分する生きた事例でもありえたはずです。
というのも、原告と保険者を拘束する法源的な制度事実の均一性という訴訟趣旨そのものが、国保政令の法律準拠制定性の存否を潜在的に問う論点を内包していたからです。しかも、政令の提出を被告側に求めたのは、他ならぬ裁判官自身でありました。そうすると、ひとつの検分事例として、原告はこれらの論点について、一体なにをこの行政裁判に見たのでしょうか。
そこではまず政令によって、国民の平等権に直接的に関与するところの義務賦課的な法律規定が、その憲法原則的な規定性、制定性を骨抜きにされていました。さらにはまた、そこでこの行政権をチェックすべき司法機能さえもが完全に形骸化し、その結果、国民の主権性と基本的人権の両者が、実体的にこの行政法令制定局面から締め出されたのです。
それゆえ「法の支配」という“事態”そのものが、そこでは有名無実化しています。いな、本来であれば、「法の支配」を保障すべき権力分立的な統治機関そのものが、その相互関係作用において、法の働きを、憲法の原則を骨抜きにしています。
私たちはまず、このような統治状況の真実の姿を直視すべきでしょう。それをすることなしに、「法律による行政の原理」という国家の統治基本原則で、かくも底の抜け落ちた社会を、“成熟社会”などと呼ぶことは、噴飯としか言いようがありません。これらの根源的な統治構造的問題を不問に付しつつ、一体この社会の何を指して、“成熟している”と言うのでしょうか。
ただしまったく正反対の意味で、つまり“ナチス的統治社会の進化形”という意味で言うならば、そう呼べるかもしれませんが。
判決を受けて 9 “切り札”としての主権 @
前回は原処分、原判決をめぐる包括的な行政−司法統治状況について、この裁判をとおして私が認識、理解するにいたったところを、一種の全体的風景として概括的に述べました。
これは、原処分や原判決の背後にある包括的な統治構造的状況が、「不作為の体系」ともいうべき、ある見えざる、しかし周到に配置された統治的不作為の連鎖によって、ひとつの法制度的規範性をメタ統治的に、そして統治機関相互媒介的に構築しているということ、そして原判決は、この「不作為の体系としての統治戦略状況」に依拠することで、― その依拠自体が司法的不作為としてあるわけですが ― 格差的な保険料処分を司法認証しえているのだ、という状況認識について述べたものでした。 (“メタ統治的に”というのは、“統治権の執行や在り方などを統制したり方向づける作用水準において”、という意味つまり、“統治権統御的な作用水準で”、あるいは “統治権統治的な作用水準で”、という意味です。“meta
〜”は、“〜の後に”、“〜の背後から”、“〜を超えて” などを表す接頭辞。)
「不作為の体系」は、単に私の主観的な認識判断としてあるものではありません。それは、客観的な統治的現実としてそこにあります。もちろん、これをいうためには、行政、司法、立法それぞれの統治的不作為について、恣意的な法解釈ではなく、憲法原則に基いた厳格な法解釈、論証作業が必要でしょう。しかしそれにとりかかる前に、前回述べたことが私たちに投げかける課題のうち、先延ばしにせず、続けて論じることがより適切であると思えることを、議論の展開としては割りこみ的になってしまいますが、今回取り上げることにします。
それは、「不作為の体系」に対する対抗原理、対抗根拠としての、「切り札としての主権」という考えについてです。
なぜ不作為が問題か
さて裁判が終わり、この争訟過程全体を振り返ってみたときに、そして裁判における審理のあり方や、その内容をあらためて吟味検討したときに、私は国保被保険者として私が当初訴えていた保険料の差別的な取扱い、その行政処分が、もはや単に行政庁のみに単独的に帰せられるべきものではない、ということを受けとめざるを得ませんでした。そこにおいては、まったく別の、新たな統治的状況が出現したのだというように、認識したのです。
これは決して私が原告として裁判に負けたから言うのではなく、また本件における司法審判のあり方が、その法解釈において中立性、公正さを見失い、不当に操作的で偏向したものであった(その論拠はいずれ明らかにします)、ということだけに単純に反応しているわけでもありません。(もちろんこれらのことを過小評価するつもりはありませんが)
この認識は、私が当初この行政訴訟を提訴するさいに抱いていた、行政庁への不満や異議申しだての視点はそのままにして、これよりさらに大きな懸念、不安を行政庁のみならず、統治機構全体に対して抱かせることとなりました。それは単に拡大されてということではなくて、何か根源的に全く別の光景が浮かびあがってきた、というべきことでした。
では何が問題か。たしかに行われた裁判そのものをみれば、そこでは、国保・共済両制度の法源的立法目的の検討についても、租税処分を媒介する二つの法令の実体的比較検討についても、これらの事項を、訴訟趣旨を支える被処分者の平等権という視点から審理、検討することは、ほとんど行われませんでした。それらは、木枯らしに舞う枯れ葉のごとく軽い扱いを受けたと、いやほとんどいかなる判断も示されることなく、黙過されたといえます。その主たる直接的理由は、後に述べるように、原告の訴訟趣旨が裁判において、平等権とは全く別の法的枠組みにおいてとらえられ、審理されたからだと考えます。
しかしそのことはさておき、私にとって見過ごせないことは、このような司法府の黙過的な審判が、決して司法府単独的に可能なものではなく、実際には三権分立的に、そして三権協働的に支えられていたということです。三権協働的な不作為と黙過によって構築されていた、ということです。そしてこの状況の投げかける統治的な問題意味は、国保保険料原処分をめぐる、司法的争いの事案枠組みを超え出て、より根源的な統治構造的問題として、つまり我が国の統治構造の根本原理の在り方をも揺るがすような、そのような権力分立の原理的な問題事象として認識せざるを得ません。不作為の体系は同時にここで、国家統治の在り方の構造問題としてもあるのではないか、ということです。(1)
ずいぶんと大仰なもののいいようになってしまいましたが、私の言いたいことは次のようなことです。
まず原告としての私は、法、法源によってある法制度、すなわち国保保険制度に拘束されています。このこと自体は法の定めとして何の問題もありません。他方、憲法は一国民としての原告に「法の下の平等」という基本的人権を保障しています。これもいいでしょう。そうすると、これらの二つの法的事象は、公平な法源的公課処分という原告の訴訟趣旨において、原告がそのように法制度的に拘束されているということと、平等権との間の関係性の問題として了解されています。つまり、そのように制度拘束されているその拘束の法原則的な在り方と、原告の基本的人権が、お互いにどのような法的作用関係においてとらえられるのか、そしてとらえられるべきか、という問題定立として了解され、出訴提示されているわけです。
しかるに原判決では、原告の平等権とこの法制度的な被拘束性との関係性の問題が、関係性を審理するという段階にいたることさえなく、それどころか、そのような関係性においてとらえることそのこと自体を回避するという、いわば最も消極的な、そして原告からみて、最も司法責任回避的な法の理路を通ることで、取り扱われました。ではそのような回避的な審判はどのようにして可能であったのでしょうか。
もちろん、そのような審判が行われたのは、回避的な審判を法的理路において成立させうるような客観的、包括的な法制定的状況がいわゆる裁判規範(裁判所が争訟事案の審判に際して採用し、依拠する法規範)として、これらの裁判官において見出され、認識了解されたからだ、ということなのでしょう。これついては、いずれ正面から取り上げて論じるのでここではこれ以上は述べません。
しかし同時にまた、そのような司法府の認識了解さえもが、不作為の体系としての戦略的な分立権力関係構造に支えられることによって、はじめて可能であったのではないか、そのように私は考えるのです。
しかしでは、もう一歩踏み込んで、これらの戦略的な不作為の体系を支えているものはなんでしょうか。それとも、それはなにか偶発的なものとして、あるいは自然発生的な現象としてみればよいのでしょうか。
そうではなく、それはもう一つの、そしてより根源的な構造的問題としてとらえられるべきものではないでしょうか。つまりこの裁判で、原告の平等権を原告の訴訟趣旨において斥けた、不作為の体系としての戦略的状況の根底には、この国の統治原理としての分立権力関係構造の、その構造のあり方それ自体に由来する問題が横たわっているのではないかと、そのように私には思われるのです。それをいま先回りして言えば、統治構造そのものの民主的統制、あるいは主権的統制に関わる問題ではないかということになります。
すなわちそれは、国家統治原理としての三権分立の在り方そのものに関わる問題に他なりません。なぜならそこにおける、立法、行政、司法府それぞれの権力分立制における根源的なあり方と、それらの相互関係的作用のあり方こそが、そしてさらにはこれら三権の相互媒介的諸関係がメタ統治的に生み出す“状況としての権力”と、主権者国民との間に発生する(あるいは発生しない)力学作用関係こそが、この国保保険料原処分においても、また本件行政裁判においても、原告の平等権と法源的な制度均一性というふたつの法事象を同一地平上におくことを斥け、両者を法規範的に照らし合わせることを回避せしめた、そのようなあり方としての戦略的統治状況を包括的、根源的に統制しているものだからです。統治的連鎖としての不作為の体系そのものを、その底で支える駆動機制となっているからです。
したがって、このような統治原理的な問題側面を考えることなく、あるいはその問題側面を切り離すことによって、原告の平等権について論じることは、このような裁判を経た今、もはやできないことなのです。
これをたとえるならば、国保保険料裁判をめぐる「不作為の体系」という洞窟の中を歩み続けたその果てに、「統治原理的な根本問題としての分立分権統治構造状況」という巨大な地下空間が眼前に出現したのである、とでもいえるでしょうか。
三権分立の統治原理的根拠 議院内閣制
さてこれまで三権分立とか三権統合的という言葉を何度も使ってきましたが、ここで国家統治の基本原理としての権力分立制度を支える中核的な思想原理について確認したいと思います。
これはまた、三権分立制度の原理的なあり方がどのようなものであったかを確認し、そこに不作為の体系としての統治戦略的状況を重ねることで、このメタ統治的状況が、いかなる統治原理的な問題性を国民に突きつけているのか、ということを明らかにしたいからでもあります。
そうすると、日本国憲法が採択するこの権力分立の統治原理はその思想的起源を、17世紀以降の近代西欧に現れた政治思想(モンテスキュー、ルソー、ロックなど)のうちに見出すべきものでしょう。
そしてこれらの政治思想を源泉として20世紀へと継起する、欧米各国の政治史に現れた国家政体の多様な展開、変遷をふまえて、それらの果実、成果のもとに、そしてまたなにより、我が国が引き起こした戦争惨禍とその反省を経て獲得されたものでしょう。そこには多様な政治思潮や国家統治形態の堆積が歴史的な遺産としてふまえられているのでしょうが、日本国憲法から読み取るべき、その核心的な統治原則、原理について、私たちは概ねこれを次のような共通認識、共通理解の上に立って了解していると言えるのではないでしょうか。
(明治憲法においても、権力分立の原理は構造として見出せます。ただしそこでの国民は、主権者である天皇に従属する”臣民”として位置づけられ、現憲法が保障する人権や社会権の多くは保障されていません。それゆえ二つの憲法は、主権者の規定、国家と国民の関係性、および国家の基本的なあり方を定める原理規範としてまったく異質なものです。)
すなわち国民主権の宣言のもと、日本国憲法が定める統治原理としての権力分立原理の最も重要な目的は、憲法が保障する国民の権利と自由を確保し、保障することである、と言えるでしょう。
これは、国家統治機構としての国家権力主体が、絶対君主におけるそれのように、権力の一極集中によって暴走化したり、国民に対して権力を乱用行使することがないように、この統治機構主体を国家作用の性質に従って分離分権化することが選択されたということでありましょう。そして、国家の統治権力を立法権、行政執行権、裁判権の三つに分離分立化し、これら分立権力の固有の働き、国家作用において、それぞれに対応する統治機関を設置します。これらの機関はそれぞれの固有の国家作用において、国民の諸権利を保障する憲法の諸条項によって、それぞれ並列、並行的に拘束されているわけです。
このような統治構造のもと、これら分立権力機構の間に権力の抑制と均衡という相互作用が働くことによって、立憲主義(憲法に従う国家の統治、運営)、法の支配が多元的に実現され、担保されることが期待されます。分立権力機構の間に、そこに働く統治的な関与、関係作用をとおして、抑制と均衡という相互監視的、相互制約的な緊張関係が生まれ、そのような抑制的な関係性が、統治の在り方そのものを統制するのです。そしてそのことが、国民の権利保障を担保する統治制度的な関係契機ともなるということ、こういったことが意図され、めざされているのでもありましょう。
かなり簡略化した説明ではありますが、権力分立の原理とは、分立分権した統治機構がそれらの固有の国家作用を、「法の支配」のもとに執行するとともに、それらが相互的に関与することを通して、抑制・均衡の原理が権力機関の間に働き、その結果として多元的に立憲主義の原理、そして国民の人権保障が確保される、ということのうちに見出せるものでしょう。
では三権分立の統治原理がこのようなものであるとして、この原理は我が国の現実の統治機構において、どのように働いているでしょうか。
我が国の統治構造については、飯尾潤氏の著書、『日本の統治構造』が、その原理と実態の両側面にわたって理解を助けてくれます。それによると、我が国は政治体制として、議院内閣制をとっているわけですが、議院内閣制とは「行政権の成立根拠を、議会の信任におく制度、具体的には、議会で多数派を形成した政党が行政権を握る制度である」といえます。(2) そうすると一方において、憲法が分立権力の統治形態を定めながらも、他方、議院内閣制という政治のメカニズムは、議会と行政の信任に基く、親和的な関係性をいわば所与的な前提としてその内部に折り込んでいる、ということもいいうるわけです。議会の多数派である与党の国会議員が内閣を構成し、行政権を握るわけですから、与党が大勢を占める議会と、その与党を母体とする内閣の基本的な関係性が緊張的、対立的なものになるはずはありえません。
議会と行政の分立関係のその分立性についても、「立法権と執行権の間に柔軟な権力分立、すなわち『融合・協働』の契機のより強い分立を運用している」ものとむしろいえるわけです。(3)
議会の多数派によって構成される内閣と議会の関係性、つまり行政府と立法府の関係性は、議会における与党と野党のかけひきや力学状況に影響されつつも、最終的には“数の論理”に由来する協調的、協働的な関係性へと収束してゆくものでしょう。なお政権与党と内閣の関係については、実際にはそれほど一枚岩的なものではなく、「議院内閣制における政府・政権党一体の原則からみれば、日本における実態は、それとは大きく異なる。むしろ『政府・与党二元体制』とでも呼ぶべき仕組みが成立しているとみたほうがよい」という指摘もなされます。(4) このような側面についての検討は、筆者の手に余ることであり立ち入れませんが、たしかにそのような側面はあるのかもしれません。
しかし少なくとも内閣、あるいは政権与党にとっての重要な政策目標で、両者が根本的に考えを別にするということは通常ほとんど無いことでしょう。そのような事態は、同一の政党に源を発する政治目的の標榜として自己矛盾に陥るからです。ただし議会与党と行政府内閣の一元性、同質性を薄めてみせるために、あるいは与党が(あるいは内閣が)譲歩したかのようにみせるための戦術として、つまりいわゆる広義の国会対策や国会運営の一環として、党や内閣が異なる見解をあえて意図的に表明することはあることかもしれません。(首相が政治家個人として独断に走ることもなくはないですが、それは例外的な場合でしょう。)
いずれにせよ議会と内閣の関係は、行政権が議会の信任に応え、信任を裏切ることなく執行権を行使する限りはよしとされるのでしょう。
しかしそもそも、議会の信任とはなんでしょうか。
内閣が議会で多数派を構成する与党、もしくは与党連合によって支えられている以上、内閣は安定的な政治的基盤をもちます。同じ理由で、国民に対しても一定の正当性を主張できます。しかしでは、議会による内閣への信任とはこのような、選挙による国民の政党選択的な信任のみを背景根拠としていわれうるものでしょうか。そうではありません。議院内閣制が「行政権の成立根拠を、議会の信任におく制度」であるとしても、議会が信任をおくその信任のあり方が、さらにはこの議会それ自身のあり方そのものが個々の政治的、統治的状で問われることがなければ、分立分権の統治原理は、その実体的、実質的な存立理由を失うでしょう。なぜなら、ここでいう議会の内閣への信任とは、内閣が議会多数派政党によって構築されるという、単なる議会・内閣間の同一性の原理的な信任ではないし(それはそもそも“信任”というべきものでしょうか)、いわんや政権与党の時局的政策を実現するという、政策選択的次元のことをさすものでもなく、その根底には、なによりも議会という統治機構に負託された国民代表議会への信任性、すなわち国民から議会への、統治原理的な意味における根源的な信任 ― あなた方は国民の代表ですよ、というもうひとつの信任が基盤としてあるべきものだからです。そして議会の内閣への信任とは、この根源的な信任の上に、いわばその上部構造として成立している信任であるからです。これらの信任概念をこのように立体的に把握してこそ、議会の信任に基く議院内閣制は日本国憲法のもと、三権分立という権力分立原理と整合する政治システム、統治機構制度となるのではないでしょうか。
議会の内閣への信任とは、国民の議会への信任の上に成立し、かつこの信任によって規範拘束されていなければならないのです。(そんなことはわかりきったことだ、と言うひともいるかもしれません。ではそう考えるひとは、内閣による現在の政治、行政のあり方が、さまざまな政治的行動や計画が、国民の信任に十分に応えるものであると考えているのでしょうか。)
さてでは、もし議院内閣制における政治・行政のあり方が、ある統治的状況局面において、議会の内閣への信任を、あるいはまた、国民の議会への信任を根源的に裏切るようなあり方において現れ、執行されたとしたらどうでしょうか。さらに極端な状況として、議会と内閣の双方が協働、連係して、法の支配に反するような統治施策を実施し、承認していくとしたらどうなるでしょうか。
このようなことは、まったくあり得ないことのように思えるかもしれません。たしかに単一の統治機構が法、あるいは憲法に明らかに反するような行為を単独的に行うとしたら、それはとても困難なことでしょう。例えば立法府が、誰がどう見ても、国民を差別的に取り扱っているようにしか見えない法律を堂々と制定することは、いくら日本人の政治的関心が低いとしても難しいことでしょう。そのような法律は、ただちに違憲立法の誹りを受けるに違いありません。
しかし司法府を含むこれらの分立権力が相互監視をやめて、暗黙のうちに協調すれば、ここで三権は法の支配をすり抜けて、法をいかようにも骨抜きにし、恣意的に解釈し、そしてそれらを、三権相補的に執行できるのです。しかも法の手続に従って、法の論理においてこれを執行しうるのです。なぜなら彼らはそこで、これらのことを相補関係的に、法の定めに従って、そして相互承認的になしうるからです。そのような状況においては、これらの三権は、一部の国民の基本権を侵害し、これを差別的に取り扱う、ということさえ実行可能でしょう。そのような状況においてさえ、三権は相互監視、相互抑制されないのですから、法によって罰せられることもなくなるわけです。そもそも罰する主体もとがめる主体も、国家統治機関としてもはや存在しないのです。
ではこれらの三権が、このようにしてある統治政策を、同調的、連係的に、これら三権の相補関係的、相互媒介的な関係性において展開していくとすれば、そのことは、三権分立の原理の視点からみて、どういうことになるでしょうか。しかもその非相互監視的な相補関係性が、国民を不当に差別するようなあり方で、連係するとすればそれはどういうことでしょうか。
それは、これらの分立統治構造が、本来あるべき三権分立の存立原理とはまさに対極的なあり方で、国民の前に現れるということでしょう。いえ、単に対極的なあり方で、というにとどまりません。なによりもそこでは、分権的統治構造のあり方が、この三権分立という統治原理の導入目的そのものを、否定し裏切っているのです。
つまり三権分立制度がそのために導入された、そのためにこそこの国の統治制度が三権分立という統治構造において基礎づけられた、その根源的な分権的統治制度の存立目的、すなわち、国家権力の暴走を抑止し国民の基本的権利を保障するというその目的を、まさにこの分権的統治構造によって、三権分立的に阻み、権利を打ち壊しているという矛盾です。
しかしそのことは、三権分立という国家の統治原理が、まさにこの三権分立の状況的な在り方によって、破壊され、自壊するという状況に他ならないでしょう。それは国家が国家原理を裏切るということであり、国家が国民を裏切るということでもあります。
それはある国家的状況が、その国家を存立させているところの国家原理を、その国家原理の在り方を利用することによって“自己運動的に”攻撃し、破壊しようとする異常な国家的状況です。
繰り返しになりますが、議院内閣制が「行政権の成立根拠を、議会の信任におく制度」であるとしても、議会が信任をおくというその信任のあり方が、さらにはそのような議会のあり方そのものが主権者によってチェックされ、統制されることがなければ、議会に送る国民代表を選ぶ選挙権とは別に、行政府の長(大統領)を選ぶ選挙権を国民が確保する米国型の大統領制に比べて、議院内閣制は劣後の統治システムとなります。なぜなら、議院内閣制においては、政治・行政施策に対する国民の制度的意思表示の回路は、権力分立に対応することなく、より狭められた一次元的なものとなるために、立法府と行政府の間に作動すべき権力分立の統治原理はより弱体化し、緊張性を失い、名目的なものになる危険に陥るからです。その引き換えに議院内閣制が必然的にもたらす立法府と行政府の間の政治的協働性や安定的関係性は、それ自体において必ずしも常に、国民にとって好ましい政治的状況をもたらすものとは言い切れません。立法府と行政府が相携えて共同歩調をとるべく外部環境が整備されていることは、必ずしも国民にとっての積極的、肯定的な統治状況を約束するものではないのです。場合によってはそれが、行政部門による“全権委任法”的な統治作用の発揮を許すことさえありうるでしょう。
それゆえ、議院内閣制において、議会の行政権への信任とは、議会多数派である政権与党の政策を実現するというようなことをうんぬんする以前に、なによりも議会全体に負託された国民の代表性としての信任の、その国民の信任に対する議会からの応答として、つまり委託者国民に対する“受託者性”のあり方において精査され、とらえられなければなりません。その受託者性とは、議会の行政権への信任や委任のあり方においても問われなければならないものでしょう。仮にもし私たちが、「信任」という便利な言葉によりかかって、統治システムの稼働におけるなんらかの政治的労力を割愛できているとみなしているとしても、その対価を払わずにすませることはできないことであり、必ずその対価をどこかで支払ってもいるのです。それとも、議会に託す国民の信任が、その信任のみにおいて、国民と国政全般の関係性の拠りどころとなっている、などという虫のいい解釈を私たちは受け入れているのでしょうか。
私たちが議院内閣制を支持するということは、行政府による行政施策や行政行為が、国民の信任において、議会への国民の信任から派生するところの、議会から行政府への信任作用によって充分に根拠づけられている、事足りているというふうに私たちが了解していることを意味するものではないでしょう。議会が国民の信任によって拘束されているように、行政府も同じ強度でこの信任によって拘束されているからです。それゆえ、「行政権の成立根拠」が議会からの信任に求められるとしても、そこにいう行政権の成立根拠性が、議会の第一政党が内閣を構成するということの、そのプロセス的側面をさしていう以上の根拠性として解されることは、つまり「行政権による行政作用全般におよぶその実体的適理性の成立根拠」として解されることは、「議会の信任」についての不当な拡大解釈です。そのような手放しの信任付与を国民は議会に許していないし、そもそもそのような信任付与は、これまでの国政選挙における政党別獲得投票数の割合をみても、政治原理的にできない相談というべきでしょう。(例えば、自民党は大勝したときでさえ、5割を越える投票数を獲得したことはほとんどありません。)
したがって、さまざまな社会的、政治的条件に制約されて成立するにいたった議会の、その議会の構成に託された国民代表性をいわば所与の前提として、そのことのみを根拠にして、議会から行政権への信任が、“国民の信任”として根拠づけられているというような御都合主義の説明論理は断じて成立しません。それとも主権者である国民の権限と役割は、議会の構成、国民代表の選出をもって終了するのでしょうか。
たとえば、内閣法第11条が原則として政令に禁じているところの義務賦課的な規定の制定を、― 「地方税」としての国保保険料規定はこれに該当します ― あえて内閣に政令として委任しようとするその議会に対して、私たち国民は、はたしてそのような委任行為を許すほどに無条件的な手放しの信任を付与できるでしょうか。いや、そもそもそのような性質の信任を私たちは議会に許し、与えていたのでしょうか。議会はここで法の趣旨を捻じ曲げ、租税法律主義という憲法原則そのものを形骸化し、骨抜きにしているだけではないですか。立法府そのものが、国民の意思を踏みにじり、無視しているのではないでしょうか。(「内閣法」とはもちろん内閣が制定した法律ではなく、国会が内閣のあり方を規制するために制定した法律です。)
内閣法第11条は、「政令には、法律の委任がなければ、義務を課し、又は権利を制限する規定を設けることができない」と定めます。一見したところこの定めは、いかにも「法律による行政の原理」を尊重した規定であるかの如くに映ります。ただし、法律の委任のあり方を統制する外部原理が存在せず、議会が野放図に政令に委任してしまうのであれば、「義務を課し、又は権利を制限する規定」さえもが際限なく、行政府の手に委ねられることになります。もちろん、国民の義務と権利に関わる規定とは、「法律の留保」の原則がもっとも厳格に適用されなければならないはずの規定であり、したがって本来は、政令への委任がもっとも厳しく制約されねばならない性質の法規であったはずです。政令という法形式ではなく、法律という法形式が貫かれるということが、まさに「法律の留保」の必須要件なのであって、それは、このような義務負荷的な法規については、必ず国民の代表性を担う機関によって、すなわち議会の名において実体的に制定されなければならないのだ、という主権的要請の原理がその根底にあるからです。
にもかかわらず、租税規定のような法規においてさえ、「政令への委任」が「法律の留保」の代わりになるのであれば、つまり政令による法規の制定が「法律の留保」の原則を規範的に充足し、その代替となりうるというならば、「法律の留保」の原則は全くその実体的な内実を失います。否、自己崩壊します。なぜなら、「政令の留保」などという観念はそもそも存在せず、むしろ反対に、「政令の留保」というような事態を禁止するためにこそ、「法律の留保」という法の思想、すなわち「法律による行政原理」という法の原則は確立されていたはずであるからです。それゆえまた、このようにして「法律の留保」が「法律の委任」に安逸にすり替えられて、法律の留保の原則が適切に議会を拘束しないのであれば、「国会は国の唯一の立法機関である」という憲法41条の規定は、限りなく空文化します。それは、この立法権限を授権した国民の信託を根底的に裏切る行為であり、国会は自らが、国家機関としての自身の存在理由そのものを打ち捨てたと言わざるをえません。このような状況はまた、わが国の統治構造が、そのもっとも重要な国家作用において機能不全をおこしているということでもありましょう。
議院内閣制という政治過程においては、同一の政党グループを媒介した議会多数派と内閣の間に、つまり立法府と行政府の間に、監視や抑制の統治作用が十分に働くことは困難でしょう。しかしそうであればこそ、権利侵害的な法律規定が垂れ流し的に立法府から行政府へと委任されることについて、抑制作用が働かなくてはならないでしょう。そのような局面における議会の内閣行政権への信任は、統治原理の視点からみて、限りなく疑わしく、三権分立の原則に抵触する行為と認識されるべきことです。それは「行政権の成立根拠を議会の信任におく」という名の下に、実のところ、議会が立法機関としての責任を放棄して、委任の委任の正当性を主張していることだからです。しかも国民の厳粛な信託を受けたその議会として、もっともしてはならない場面で委任の委任をしているからです。
そしてこのような包括的視点からの法制定状況認識こそが、法的価値判断として、この内閣法11条本来の法趣旨と整合するものであるというべきです。それとも議会は、これを立法的不作為とは言わせないための、なんらかの実体的、自己統制的な保障対策を自らに課しているのでしょうか。議会は内閣を漫然と信任しているだけではだめなのであって、「法律による行政の原理」において、行政法令を実体的に拘束し、統制していなければならないはずでしょう。そしてそのことを私たち国民は監視できていなければならないのです。
立法権と執行権(法律執行権)を厳格に分離するということが、権力の乱用を抑止するという権力分立制度の最も重要な目的でありかなめであるならば、垂れ流し的な法律委任行為の横行と、議会による事後統制の欠落は、権力分立の原理そのものが自己崩壊しているということ以外のなにものでもないでしょう。のみならず司法府がこの法的状況を個別の事案で実体的に審判することを回避するならば、しかも国民の人権保障に関わる事案局面においてさえ回避するならば、我が国はもはや法治主義に基く近代国家としての体をなしてはいないのです。権力の分立は、国家作用を統御する原理的契機を失った、国政の飾り文句のようなもの、主権者国民を愚弄する民主主義の偽装的な制度様式に成り下がるのです。
統治権力と国民主権
我が国が三権分立の統治原理を採択し、私たちがこの分立分権制のうちに統治制度の正当性根拠をおいているということ、また統治権力の正しいあり方、あるべき統治性がこの原理による相互抑制、均衡化作用によって担保されているはずであるとみなしていること、こういったことは公知の事実であり、共有された一般的了解性といっていいでしょう。
にもかかわらず、議院内閣制による政治過程では、議会の行政への信任関係によって、この分立原理が希薄化、希釈化されていることも否定しようのない事実です。その主たる原因は、議会で多数派を占める政権与党と、これらの政党によって構成される内閣との協調的、相補的な政治運営にあるわけです。
ではこのことは、国家の統治原理の視点からみたときにどのようなことを意味するのでしょうか。表面的にみれば、それは議会と内閣の間の相互抑制、相互監視という関係作用が低減し、かわりに共同歩調的な関係が強まるということでしょう。しかしそのようにして統治権力を相互抑制する働きが弱体化することは、より深刻な状況をもたらしえます。それは統治権力を統制する原理、つまり国家の最高法規としての憲法原理、憲法が定める原則そのものの統制力が弱体化するということです。
このことを顕著に示すひとつの実例は、現行の衆議院選挙制度が長きにわたって、選挙人の投票権の平等を満たすことなく実施されている、ということでしょう。一票の重さの格差、投票券の権利の格差が法の下の平等に反しているということについては、すでにいくつもの裁判で争われ、憲法違反の判決が重ねられています。にもかかわらず、議会も内閣(衆議院議員選挙区画定審議会)もあれこれ理由をつけては、この問題を放置し続け、是正化のための行動に踏み切りません。その結果として今や、議会の国民代表性の程度如何に対してまで疑問符がつけられようとしているのです。
ではこのような状況が続く主なる原因はなにかといえば、それは議会と内閣がなれ合い、法の下の平等という原則を軽んじてまで、現行の選挙制度がもたらす恩恵に固執しようとしている、ということでしょう。そしてこのように自己規律無く、弛緩した統治状況が放任されているのは、選挙制度を統制するはずの議会や内閣の統治権そのものが、国家の統治原則としての憲法によって統制されていないからです。議会と内閣のメタ統治的な分立権力関係構造が、憲法原則(実体的に平等で公平な投票権利としての憲法14条平等原則)によって統制されることなく、反対に憲法14条に抗してまで、自分たちの便益や既得権を優先させているわけです。
このような統治的状況は国民にとって、本来ありうべからざることです。なぜなら統治権力機構が憲法原則に従うという前提のもとに、私たち国民は主権者として、これらの三権にそれぞれの国家作用を信託し、国民自らがこれに従うことを受容しているからです。
他方しかし政治の現実として、統治権力が逸脱することは常にありえます。また逸脱とまではいえないとしても、多くの国民が懐疑や不安の念をもって受けとめる政策が採択されることもあるでしょう。とりわけ、我が国の議院内閣制度が、議会と内閣の宥和的、非緊張的な関係によって、しかも多分に行政主導的に運営されていること、さらにはその行政主導が、“官僚内閣制”ともいわれる官僚集団の強い意向、方針作用のもとに統制されていることなどなどを合わせると、この懸念は決して杞憂とはいえないものです。そこでは、議院内閣制という政治制度そのものが、その内部に、分立分権的な統治原理をなし崩しにしてゆくような、そういった自己矛盾的な統治作用の契機を構造的に内包している、ともいえるのではないでしょうか。
それに思い起こせば、三権分立の思想原理それ自体がもともと、権力の逸脱、権力の乱用の可能性を前提として考案された統治原理であったはずです。すなわちこの権力分立の原理は、政治権力の集中を回避するために、国家統治上の権力を立法、行政、司法の3つの部門に権限配分して相互抑制をはかるという目的に発しているのであり、― その国家統治権力の源泉はもちろん主権者より出づるものでしょう ― 原初的に拮抗する3つの国家権力が別々に独立並行的に打ち立てられたものとしてあるのではありません。(5) それらの統治機関がある統治判断局面で、全体として、どのような相補的な関係性を構築し国政、国家統治を志向してゆくのか、ということについてこれを最終的に統制する外部原理的な社会システムは現在のところ存在しないわけですが、そのような状況下で、権力の逸脱をありえないことと決めつけることは、分権的統治原理を絶対視、絶対化する危うい思い込みであるか、そうでなければ“所与”としての分立国政機関 ― 立法、行政、司法 ― の組織存立のあり方そのものを優先的、自己目的的に支持することになんらかの価値あるいは便益を見出すひとの、すぐれて統治機構内部的な視点でありましょう。
国政と国民の厳粛な信託
さて一票の格差の問題のように十分に社会、メディアの目が注がれ、あまつさえ裁判で争われて、違憲判決まで出されているような問題はそれでもよいでしょう。しかしすべての統治政策がそういうわけではありません。政治、行政が取り扱う領域は広大かつ多種多様であり、そのなかには社会の関心が十分に及ばなくとも法的に、あるいは憲法原則において再検討されるべき行政事案があるでしょう。とはいえ、そのような事象事例であるからといって、実際にこれに関与する国民が訴訟手段を選び、裁判で争うようなことはむしろまれであるのが実情でしょう。
ではそのように広い視野で、分立分権的に執行される国家的、公的な統治作用の全体を隅々までとらえたときに、私たちはそのどこかで、統治権力、公権力が憲法原則において逸脱しているかもしれないことを、主権者としての立場において現在判断なしえているでしょうか。私たちは、いま現在そのことのあるなしを、単なる個人的な判断ではなく、なんらかの客観性、政治的中立性、公正性、そして社会的合意性を確保されたあり方において、それらを統治機構の外部的視点において判断できているのでしょうか。
実際には、そのことさえ為し得てはいないというべきではないでしょうか。なぜなら、私たちはそのことを判断するための、実体的な制度機構も、実体的な能力もそして意志さえも、何ひとつとして持っていはいないからです。その結果として、統治権力の執行にかかわる法的規範性を、ひとつひとつの局面で、なによりもそれらの憲法準拠性の存否判断のもとに、私たちは主権者としての主権性において掌握しえていないからです。
それはいいかえれば私たち国民が、実体的に十全なる意味においては、主権者たりえてはいないということに他なりません。それは実体的に必要十分な意味において主権者としての力、能力を有していないということ、いわば“主権力”を持っていないということなのです。(6)
たしかに私たちにはたとえば、言論や表現の自由が保障され、議会や行政、司法などの公権力を自由に批判することができます。裁判をおこして国や行政と争うこともできます。国民の代表者を公正に選出するための選挙制度もあります。そしてこれらみな国民主権のもと民主主義の制度(間接民主主義制度)を支える必須の国民の権利であり、これからも堅固に守られてゆくべきでしょう。しかしでは、単に政府を自由に、安心して批判することができればそれで良いのでしょうか。政府を批判する言論の自由によって主権者としての権利、および民主主義の原則が十分に確保されているといえるのでしょうか。
私が言おうとしていることは、国民が国家の主権者として、主権者の名において、これらの統治機構の統治行為そのものを、すべての国家行為、国家作用そのものを最終的に、憲法原則に基づいて包括的に実効的に検証し、さらには統治、統制する、というそのような権利のことです。単なる言論の権利ではなく、統治のあり方そのものに実体的に作用する権利、権限です。そのような権利、権限を私たちは手にしているでしょうか。それとも間接民主主義の制度のもとでは、たとえ基本的人権が侵害されようとも、憲法原則が国政において踏みにじまれようとも、統治機構に直接作用しうるような主権者の権利、権限ははじめから法、または憲法によって制約されているのでしょうか。(7)
このような発言に対しては、当然ながら多くの批判的、否定的な意見が寄せられることでしょう。そしてそれらの見解は、それぞれにもっともな内容でありましょう。いわく、そのような権利や権限とはいかなる制度機構、組織体において実体化されうるのか、そこでいわれる主権概念の外延的規定性、主権性において主張されるその実体的な内容の正当性や法的な根拠性はどのようにして見出され、確立、確保されるのか、主権性において誰がどのように何をいつ判断するのか、その判断の正しさは何によって担保されるのか、これらのことについてどのように合意形成するのか、などの疑問があるでしょう。
たしかにそのような主権性あるいは主権者性をいかにして制度化し、定立、実体化するかについては、のりこえるべきさまざまな検討課題、合意通過すべき多くの項目が(思想的、制度的、手続的など)、中間過程に横たわります。そして多くのひとが、そのような制度構想を考えることさえ困難なこと、あるいは荒唐無稽な企てとして一蹴するとしても無理はないでしょう。
しかしそれらの困難がいかなるものであれ、その困難を押して、私はこう考えるのです。すなわち、憲法の制定者が国民であり、国民主権の国家原理のもとに私たちが分立分権的な国家統治をそこで採択し、統治機構制度を三権分立的に構築したのであれば(8)、そしてまた、そのようにして構築された統治執行機関が、この権力分立の政治原理にもかかわらず、必ずしも十分に相互抑制や相互監視の分権的統治機能を発揮することなく、 ― そのもっとも顕著な事例は、国会が“法律の委任”によって法令の制定権を内閣に委譲した場合で、法令の策定行為を担う行政庁を監視する国家機能が欠落しているために、政省令などの委任命令がなんらの主権原理的統制を受けることもなく制定黙過されていることです ― むしろ非常にしばしば、議院内閣制という政治システムのもと、まさにこの国保保険料裁判にみるごとく、分権的統治機構内部における三権おのおのの国家行為の法的適理性を、それらの横断的、相互補完的、相互媒介的な作用関係においてただただ同調的、宥和的に解釈し、根拠づけ、確保し、そのような統合的な統治機構原理を背景根拠にして、それぞれの分権的統治執行力を、それらの個別局面で、この統治機構の包括的な自己準拠性において、自己完結的、閉鎖系的に発現するのであれば、 ― 司法府(裁判所)という法裁定機関さえもが、行政府によって統制され(内閣による裁判官の指名、任命など)、法律に拘束されつつ(憲法76条3項)、したがってまた法令規範通底的に、分権的統治機関組織とそれらの統治諸活動を、あくまでもこの統治機構の内部視点から、それ自身が統治機構の一部としてありつつ、法審判という国家作用を介して統制する法原理的国政機関のひとつです ― この統治機構をかく始原構築し、かつすべての国家作用と国家施策を財政的にも支える主権者としての私たち国民が(“政府のお金”、などというものは一円たりとも存在しません)、その主権者的関心と権限において、反憲法原則性、あるいは非憲法原則性(憲法原則の理念、趣旨に沿わないこと)の疑義をいだかざるをえないような国家作用や統治執行状況に直面した際に、そのような国家最高規範に関わる疑義や懸念にもかかわらず、国家権力組織体としての三権統治機関をなんらかの方法、手段によって“主権的”に最終統制しえないことは、しかも、司法府を含むそれら統治機関の相互媒介的な諸関係性そのものにまで踏み込むようなあり方、関与性において全面介入し、― というのは、法令の制定やその執行、解釈、審判に関わる機関相互的な諸関係性の自律的、自己運動的、自己循環的、メタ統治的な統制状況においてこそ統治機構の最終的な権限意思が、“国政”の名のもとに、個別統治機関の個別意思や権能を超えて成立し作動しているからですが ― これらを三権包括的、三権共時的に統制しえないことは、つまり統治機構による“戦略状況”としての国権そのものを“今、そこにある”状況局面で、いわば“メタ・メタ統治的”(統治権の統御を統制すること)に統制、統括しえないことは、単に分立分権的な国家統治原理を実体的に機能せしめてはいないということにどどまらず、私たち国民が、単なる観念としての国民ではなく、ひとりひとりの自然人の集合体としての国民集団が、国家の主権者として、国政の最高意思主体として、何か決定的に重要なものを、私たち国民が主権者としてあり続けるための死活的な何かを確保しえてはいない、手中に収めてはいない、ということになりはしないであろうか、と。
その何かとは、それがなければ、私たちが実体的に主権者であるということはもはやいえなくなるような、そのような何かです。そしてそれは日本国憲法の前文に記され、そこから読みとれるものではないでしょうか。それは次のような一文です。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民が享受する。これは
人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。 われらは、
これに反する一切の憲法、法令、及び詔勅を排除する。」
― 日本国憲法 (前文)より
憲法の前文とは、本文の前に置かれて「その法規範の制定の由来やその趣旨・目的、基本原理や理想などを掲げた文章」であり、「『憲法中の憲法』としての性格をもつ」ものです。そして上に引用した前文一段落目の文章は、リンカーンのよく知られた言葉、「『人民の人民による人民のための政治』を念頭に置きつつ、民主政治の原則を定型的に示したものである」とされます。(9)
ではこの前文を、国民と国政の関係を規定した定めとして読むとき、私たちはこれをどのように理解すればよいのでしょうか。
まず「国政」について確認すると、広辞苑(第六版)はこの語をつぎのように定義しています。
「@国の政治 A[法] 国家の政治組織並びに現実の機構および基本政策、その実施状況。日
本国憲法では国務を国事と国政とに分け、天皇の関与することのない範囲を国政とする。」
国政とは、国家の政治組織や機構という意味と、これら組織機関が行う政治政策、その実施状況の両面を意味しているのです。したがって憲法前文にいう、「国民の厳粛な信託によるもの」としての「国政」概念も、これら二つの意味側面について言われているものと解されます。また「よるもの」の「よる」は、「もととする。根拠とする」の「拠る」であり、「原因・理由となる。由来する」の「因る」でもありましょう。(典拠辞書と憲法制定の時間前後をここであえて問題にする必要はないでしょう。)
では、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって」といわれるとき、「厳粛な信託」とはどのようなことを意味するのでしょうか。国民が国政を信託するとは、単に国民が国政に“まかせ頼む”ということを意味しているのでしょうか。そうではありません。そうではなく、つまり単なる心情吐露的な信頼、信用としてではなく、ここにいう信託とは国民と国との間の信義に基く契約的な制度として、両者間の社会的な契約関係としてとらえるべきものです。そしてこの“契約内容”とは次のようなものではないしょうか。
すなわちそれは、「国政」としての「政治組織」が、憲法前文に謳う国家理念像のもと、国政の統治機構的なあり方および、国民の権利保障的なあり方などの定めに関するもろもろの憲法原則を遵守しつつ、「国政」としての「基本政策」を請け負うことについて、委任者である国民との間に取り交わす、「国政」の履行遵守についての信託契約である、と。 それは“立憲主義”に基づいて国政がおこなわれることについての契約であるともいえましょう。国民はこれらの内容を厳粛に、社会的な契約として「国政」に信託しているのです。では契約の趣旨、目的がそのようなものであるとして、この“信託契約”とはそもそもいかなるものでしょうか。信託契約であるということは、わたしたち主権者にとって、どのような実体的権限を国政に対してもつものと考えられるでしょうか。またその権限はいまどのような状況に置かれているのでしょうか。
私たちがふつう“信託”という用語を使う際、それは政治的な概念としてではなく、むしろ財産などを管理するひとつの制度手段、方法を表す語として用いることが多いのではないでしょうか。
手近なところで金融公法中央員会のホームページに説明を求めると、この言葉は次のように説明されています。
「信託とは、委託者が信託行為(例えば、信託契約、遺言)によってその信頼できる人(受託者)
に対してお金や土地、建物などの財産を移転し、受託者は委託者が設定した信託目的に
従って受益者のためにその財産(信託財産)の管理・処分などをする制度です。」
これは、信託を簡略化して平易にかみ砕いた説明文ですが、法的概念としての信託については、「信託法」という法律が、信託の諸形態に応じて厳格に法規定しています。いずれにせよ、そこで言われている信託が、財産の譲渡や管理についての制度概念であることからみて、そのような信託概念は、憲法前文で言及されている国政に対する信託とは、概念の実体的な意味内容において大きく異なるものとみなさざるをえないでしょう。たとえば次のように説明されている財産管理制度としての信託を、そのまま憲法前文に適用することには大きな違和感を禁じ得ません。
「信託は、財産権を有する者(委託者)が自己または他人(受益者)の利益のために当該財産
権を管理者(受託者)に管理させる制度である。そして、その最も大きな特徴は、@委託者
から受託者に対して、対象財産権をその名義も含めて完全に移転させてしまうこと(目的財
産の完全移転性)、 以下略」(10)
いうまでもなく、「国政は、国民の厳粛な信託によるもの」であるということは、私たちが自らの財産を○○信託銀行に預ける(移転する)、というようなこととは根本的に異なる行為です。すなわち、私たちが国政において信託(委託)しているものとは、私たちの私的な財産ではなくて、国民としての私たちの生存のあり方を、さまざまな局面において、政治、経済、社会、信条、自由などさまざまな領域範疇で、ときに権利・義務関係的に規定し、統制する国家作用としての「基本政策」であり、統治行為のあり方にほかなりません。
それらは、資産のように金銭的価値に換算可能なものではなくて、きわめて複雑かつ高度の規範的な価値性をおびたものとしてあります。信託されているものそれ自体が、必ずしも不変の固定的なものではなく、流動的、状況可変的なものであり、しかも信託者・委託者(国民)それ自身に対して作用を及ぼし、委託者の基本的な生存のあり方それ自体を規定したり、規範的な枠組みをはめようとする能動的な働き、機能をもつものです。つまり「国政」についていわれる信託概念は、金融的観念におけるそれとは、委託者と受託者との関係性の性質において根源的に異なるものです。仮にそれを“財産権”という観念によって比喩的に表現し得たとしても、私たち国民はとうてい受託者としての国家統治機構に対し、「対象財産権をその名義も含めて完全に移転させてしまうこと(目的財産の完全移転性)」を為し得ません。憲法前文は、「主権が国民に存することを宣言」しているのであり、であればここにおける委託者およびこの信託関係概念も、まず第一に主権概念の政治的絶対性、絶対的譲渡不能性においてとらえられるべきものでしょう。
他方、「信託によるもの」という規定性を、国政を受託する「国政」の側からみれば、つまり「国家の政治組織並びに現実の機構」の側からみれば、これらの組織や機構によって担われる「基本政策、その実施状況」としての国政が、国民から独立した、自己運動的、自己準拠的なものではなく、不断に委託者の意思に拘束されつつこれと相互関係的に成立しているものである、といえるでしょう。委託者としての意思とは主権者である国民の意思であり、その核心は憲法原則に他なりません。受託者としての国が、委託者であり主権者である国民の意思とは切り離されたところで、この意思に拘束されることなく、「信託財産」としての「国政」を管理し扱うことはできないのです。
もちろんこのことは、国政の委託者としての私たち国民が主権性を主張することで、ただちに国政を従わせることが可能である、あるいは主権の名のもとに国政を意のままに動かし、統制できるというようなことを意味しません。国民がまさに主権者としてありつつ、国政としての統治機構の命令、規則、処分に従わなければならない状況は多々あるのであって、これについてあらためて述べる必要はないでしょう。
しかしそのような国政の実施状況においてさえ、つまり主権者としての国民が国家作用に従う責務に拘束されるような状況においてさえ、「国政は、国民の厳粛な信託によるものであって」という関係構造は、その状況の基底部に、その底流に一貫して成立し、見出されねばならないのです。その信託的関係の成立が、単なる形式的な手続きの関係にとどまることなく、“実体的に”満たされることによって、その成立の上に、私たちははじめて主権者として、主権性を保持しつつ統治機構に拘束されることを、権利を制限され義務を課せられることを受け入れるのです。反対に、もしこの「厳粛な信託」が名目的なものにとどまり、国民と国政との深部構造関係を律することがなければ、そのような国家は容易に暴走し、歴史を逆行して“専制的”な国家にさえ変質しうるでしょう。
以上のことを踏まえると、金融制度としての信託と、国政のあり方としての信託の最大の相違点は、後者では信託の受託者である国政「政治組織」そのものの存在性が、その存立根拠および由来を、委託者である国民の信託行為に ― 主権者としての政治的信託行為に負っている、拠っている(因っている)という状況が浮かびあがります。受託者としての国とは「国政」組織それ自体に他ならず、この組織そのものがその存在成立の起源と根拠を、委託者である国民の信託行為のうちにおいているのです。また、国政の権威が「国民に由来」する、とはそういう意味でしょう。
それゆえ、「国政」との信託関係とはまず第一に、「政治組織」としての国政が国民の信託によって成立し、その上に、「基本政策」としての国政への信託関係が成立するものと了解されます。これを俯瞰的にみれば、主権者であり委託者である国民が、「国政」という国家的制度装置の創設を介して自己を統治するものを、自己の決断において自己の外部に定立すること、そしてそのように外化された統治機構組織による基本政策との間に信託という関係性を切り結ぶこと、といえるでしょう。
このようにして「国政」を単なる所与の既定事実としてではなく、その成立の動態的過程においてとらえ、また「国政」への信託概念を「国政」の二つの側面についてみることで、この「国政」への信託関係が、実は主権者の自身に向けられた再帰的な自己関係性の機制構造をなしていることが理解されます。なぜならこの信託制度をどのように実際的に“運用”するかは、受託者にとっての問題である以前に、委託者である国民自身に突きつけられた問題であるからです。それは、主権者である国民が、「国政」への信託関係において、その関係性のあり方をどのように構築し、どのように維持、統制するかをとおして、自分自身の根源的な政治的存在のあり方、実存的なあり方に向き合い、そのことについて問い返されているということに他なりません。それゆえ私たちが国政への「厳粛な信託」において真に見出すものは、「国政」という他者ではなく、「国政」との関係性を構築し、その関係性を規律、統御する私たち自身のすがた、あり方なのです。(11)
「国政」へのふたつの視点
では憲法前文に言う、「厳粛な信託」が受託者 − 「国政」としての国家政治組織 − によってたしかに履行されていることを、委託者としての国民はどのように知り、確認できるのでしょうか。そして万が一にも受託者の側にこの“社会契約”からの逸脱があった場合に、委託者はどのように対処できるのでしょうか。
まず国政に対する信託ということばからすぐに思い浮かぶことは、国民が国政選挙によって国民の代表者や支持政党(憲法では“結社”という語が該当するようですが)を選び、特定の政党を政権与党として選択し、これにより組閣された内閣に対していわれるところの国政信託のことでしょう。このような意味における「信託」を憲法前文の「国民の厳粛な信託」が含意していることは明らかです。しかしこのような意味での、議院内閣制による国政への信託(概念)は、国民が現に選挙制度をとおして自分たちの主権者としての意思を適宜表すことができているのですから、一票の価値の公平制という目下の国政的課題を別にすれば、とくに現在大きな問題に直面しているようには見えないかもしれません。
とはいえ、議院内閣制のもと、国政選挙によってある政党を政権与党として選ぶことが、「国民の厳粛な信託」の制度的実現であるとしても、そのことは国民がその内閣が選挙後に打ち出すべての政策に対し、信任を与えているとみなせるものではないでしょう。たとえば選挙前には増税しないと公約しておきながら、選挙後にこれを反故にするような政策変更を行えば、明らかにそれは約束違反なのであり、いずれはそのことについて国民からの審判を免れることはできないでしょう。あるいは政権獲得後に、国民にとっては不意打ちに感じられるような政策を突然提唱すれば、多くの国民はこれに反発を感じることでしょう。
このような場合国民は、再び選挙によって主権者としての意思をある程度は「国政」に反映させることができるかもしれません。しかしながら、もし国民が主権者として、「国政」としての統治機構に対して発揮することのできる直接的な権限の効果が、あくまでも政権与党の選択という国政局面に限定されるならば、しかもこの権限が政策そのものに対しては多分に“事後的”なものであり、したがって、その政策への実体的波及効果も自ずと限られた範囲にとどまる限りは、委託者としての国民の権利も自ずと限られたものとならざるを得ません。
つまり国政選挙は、「国民の厳粛な信託」を実現するためのひとつの制度的な手段なのであって、選挙そのものが「国政」のひとつであるとしても、必ずしも選挙そのものによって、政策としての「国政」に対する「国民の厳粛な信託」が保障されているわけではないし、実現されるわけでもありません。またこの概念が具体的な政策についていわれるとき、「厳粛な信託」が実体的にどのようなことを意味するのかは、個々の具体的な政策的文脈のなかで、さまざまな価値観や利害的関心をもつ国民集団が、なにをどのように政策期待するのかということに応じて、さまざまの解釈の変動幅があるでしょう。憲法原則に反していないことが、直ちに国民の信託に応えていることの根拠になるわけでもないでしょう。
もちろん、「国民の厳粛な信託」において国民の求めるところのものが多様であり、異なる意見や考え方があるからといって、そのことが「国政」に全面的な委任権を与えるものではなく、なによりそこでは、信託概念の核となる憲法原則が貫かれていなければなりません。そして国民の信託と国政の関係は、このように複雑、錯綜としていますが、しかしであるからといって、この関係性のあり方を国民が手放し、国政の側に全面的に委ねてしまうべきではないでしょう。
ここで議論の整理のために「国民の厳粛な信託」を、「国政」の政治組織的側面と基本政策的側面のそれぞれに対応して二つの局面で区別しましょう。すなわち、信託ー選挙制度という局面における国政信託
T1に対して、信託ー行政政策状況という局面における国政信託 T2を分別します。ここでT1としての信託的制度は、T2としての信託的状況を実現するための制度手段としてあるのであり、T1の結果によって構成される立法府、および議院内閣制のあり方が、「法律による行政の原理」を介してT2としての行政政策状況を創出、規定し、制約するものとして概念理解されているわけです。
さてしかし、そうはいっても現実には、T1とT2が直結し、T1によってT2としての国政信託が直ちにもたらされるわけではありません。その理由のひとつは上にも述べたように、内閣による政策運営のあり方を国民が選挙制度のみによって統制することには自ずと限界があるということですが、それのみが理由のすべてではありません。どういうことかというと、国政選挙によって誕生した行政府としての内閣が、包括的な法執行機関として国政全体のなかで占める行政上の役割、機能のあり方が、限定的、抑制的なものであるから、ということです。いいかえると、T1としての信託制度をT2としての信託状況、すなわち実体的な政策実施状況に反映させ、及ぼすことにはある“限界”があるのです。ではなぜそのようなことがおこるのでしょう。
ここにおいて問題状況を複雑にしているのは、法執行機関としての行政府にしめる官僚機構の役割存在の大きさです。つまり定期的に国民からの審判を受ける政党とは異なり、官僚が中心となり構成する行政機構は、その組織体としての政策策定行為を、国家制度上の過程でも、あるいは他のいかなる社会的な過程においても、公的制度として国民によって直接的、実体的に審判されることはなく、また原則として永続的に存続するいわば恒常的な「国政」組織体です。そして“行政国家”という言葉が端的に表しているように、この行政機構によって立案されるさまざまの行政施策が、中央の省庁から市町村にいたるまで事実上この国の政治と行政の大部分を形成し、決定していることは私たちがよく知るところでしょう。それは非常にしばしば、政党や議会の政策つくりやそのあり方そのものを事実上コントロールする力さえ発揮するのです。(12)
そこで、この行政機構が果たすところの役割の重大性と、組織体としての高度に自律的な職務遂行機能に鑑みて、内閣のもとでピラミッド状に構成される行政組織体を、選挙によって審判を受ける政党が構成する内閣とは切り離して、“行政界”とここで仮に呼ぶことにしましょう。行政界には、既存の行政組織機構のほかに、そこに付属する各種のさまざまの外部組織、団体、審議会なども含めることとします。
この官僚組織を中心とする行政界は、“法律による行政の原理”という枠組み、制約のなかにありながらも実際には、法律を政策として施行する際に大きな裁量権をふるいます。のみならず、内閣提出法案(法律の原案)や政令の制定(法律の規定内容)においては、それらの実務的な策定作業を請け負う過程で、法律の内容を決定する権限さえをも持っているわけです。このことは、単に行政官僚が大きな裁量権を持っているということだけではなく事実上、行政界が法律法令の制定そのものを立法者になりかわって主体的に行い、内容決定しうることを意味します。これは行政のあり方を規制する法律という枠組みそれ自体が行政によって作られるという転倒した状況に他なりません。
このようにいうと、“いまさら何を分かりきったことをいうのか”という人もいるでしょう。しかし分立分権の国家統治原理の視点からみても、また「国政」を信託する国民にとっても、これがきわめて危うい国政事態であることに変わりありません。
もとよりこれらの法令を策定するにさいしては ― 社会保険料の公課・料率の算定方法もそのひとつでしょう ― 多くの場合、高度に専門的な施策上の知見や理解、洞察力が必要とされ、さらにはその基礎となる膨大な情報、つまり国民生活全般から広く産業界に至る、質的にも量的にも広範で多種多様な情報を収集し、分析、予測することが、そしていうまでもなく、それらの作業を現実に支え可能にする組織的、体系的な実務遂行の動員、投入が必須不可欠です。そしてそこで行政界がそれらの情報、“ビッグデータ”の管理や取扱いについて、枢要な役割を果たすことは彼らの最重要の責務、責任でもありましょう。しかしながら、憲法がこれらの法令策定の権限を与えているのは、あくまでも議院内閣制における内閣に対してなのであって、その内閣が最終的に果たすべき役割、責任と行政界のそれとは区別してとらえられるべきです。そして内閣はあくまでも内閣の責任において法令を策定するのであり、内閣への委任をさらに行政界に委任するということは許されないのです。
そうすると議院内閣制のもと、内閣の統制下におかれるとはいえ、内閣による行政権の行使(憲法65条)に実体的な内容、内実を与え具現化しているのは、この行政界にほかならず、そこでは官僚を中心とする行政界と内閣の仕事は、行政組織の上では連続し一体化しています。であるにもかかわらず、「国政」としての行政府に対する国民の信託作用関係は、T1の作用範囲として議院内閣制における内閣の選択には及んでも、そこで実質的な行政権力を握る行政界にまでは達していないということになるわけです。T1としての国民の厳粛な信託は、少なくともその作用効果という側面おいては、国民の代表性を有することのない、行政界による自律的な政策策定行為に対しては及ばないのです。と同時に、そこにおいては、行政界によるT2の政策策定作業が、T1による国民の信託を得た内閣の指示、指導のもとに行われることで、表面上はT1と一体化し、T1としての国民の信託を装いつつ、T1と共同歩調的に展開し、実施されることとなるわけです。
このようにしてT1とT2の相互依存的な関係性、そして役割関係性が確立されているとすれば、しかもその関係性のあり方が、T1 → T2 という本来の作用関係ではなく、むしろ T2 → T1 という作用関係に事実上組み替えられてしまっているとすると、仮に選挙制度が劇的に改変され、たとえば比例代表区制度のみによって選挙が行われることで、投票価値の平等性がほぼ完全に実現されたとしても、― それが国民にとって望ましい選挙改革であるかどうかはまた別の問題ですが ― 必ずしもそのことによってT2における国民の信託状況が、T1の改革によって大きく改善したり変化することはないでしょう。
“切り札”としての主権、という視点
さて以上の議論を踏まえて、最初の設問 ― 「国民の厳粛な信託」が 「国政」によって履行されていることを、国民はどのように知り確認できるのか、またその逸脱にどう対処しうるのか ― に戻りましょう。この設問はもともと、“国保保険料処分”という「国政」をめぐる裁判を通して、「不作為の体系」ともいうべきある統治状況が見出されたこと、そしてそのような状況を許す背後には、“はたして主権者たる国民が分立権力関係構造を主権的に統制しえているのであろうか”という、さらに根源的な国家原理の問題、統治の統治ともいうべき基底的問題が存在しているのではないかという疑義から導かれたものでした。
憲法前文の高らかな宣言にも拘らず、国民の視点からみて、政策状況としての「国政」が国民の厳粛な信託に応えているとは到底考えられないような、そのような状況が夥しく存在するように私には思えます。ただしそれらの大半は、さまざまな理由によって法の問題としてとらえ、あるいは法的争訟として立件することが困難なものがほとんどでしょう。もちろんそれはそれで、国政上の大きな課題を提示しているわけですが、ただしここでは、本件裁判に則しつつより原則的な国政問題領域に絞り込んで論じたいと思います。
それはどういうことかというと、それらの「国政」には、国民の視点からみて、そのときどきの政権内閣の政策選択問題としては片づけることのできない、単なる政策の優先順位の決定や、政策実現のための方法、手段の選択では片づけられない、信託問題も存在するということです。それは、同じく「国政」への信託問題でありながらも、議院内閣制による行政府がその時々の政治的、社会経済的状況を検討することによって到達したものであるという説明ではすまされない、また単なる裁量的政策判断として説明提示することでは、国民に対し説明責任を十分に果たしたことにはならない、「国政」問題です。
それゆえまた、主権者としての国民にとって、「政策の実施状況」としての国政への国民の信託が、必ずしも選挙制度や選挙結果によって説明したり、根拠づけづけたりすることによっては確保することも、また還元的に正当化することもできず、統治のあり方をめぐるより根源的な原理、原則にふれる問題として、国民と国政の間に出現している、そのような問題です。
それはどのような問題状況としてあるかというと、ある統治的な「実施状況」としての国政が、一見したところは法律法令に基づき、法律の手続を踏んで行われているにもかかわらず、なんらかの側面において、主権者国民の視点からみて、憲法原則に反している、あるいは憲法理念と親和し調和してはいないと考えられるような状況です。しかもこの状況が法律や憲法の解釈問題である以前に、 ― もちろん最終的には厳格な法律解釈、憲法解釈を飛び越えて、断定的に言ってはならないこと、言えないことはもちろんですが ― なによりも生活者としての国民感覚、つまり社会的な良識や常識をもち、自由、平和、人権などの諸価値を尊重する市民生活者としての基本的感覚に対して、著しい違和感や齟齬の感覚を引き起こさずにはいられない、そのような統治的「実施状況」として出現しているということです。そして、このような“統治的な実施状況”についての国民の漠然とした感覚や理解、受けとめかたこそは、たとえそれが法律言語によって表現されていようといまいと、憲法前文にいう「国民の厳粛な信託」の対象として最も重視され、優先的に考慮されねばならない「国政」のあり方、国政的なるものの基本的な規範枠組みでもあるでしょう。
もちろん“成熟した民主主義国家”である我が国にあっては、言論の自由のもと、国民各層が「国政」に対する要望や意見を、さまざまの社会的手段、経路によって働きかけたり、表明することが可能でありましょう。さらにはまた、行政によるいわゆる“ヒヤリング”とか、“公聴会”、“パブリックコメント”といった場や機会もなくはないでしょう。そして国民、住民、市民などの考えや意見が法的な適理性や政策的な合理性、根拠を十分にもつものであれば、それらは良識や“熟議”に導かれつつ国民の一般意思として形成され、直接、間接に統治機構に作用することができるはずです。「国政」をめぐるそのような社会的な環境があれば、私がここで争った、違憲的な「実施状況」としての保険料公課処分など、本来ならばありうべからざることにちがいありません。
しかしながらそれは、私のみるところ、今の日本を冷厳に見る限り、“百年河清を待つ”ようなことなのです。なぜ百年待つ必要があるのかというと、言論の自由や国民の良識、熟議はさておき、「国政」に対する「国民の厳粛な信託」がほとんど実体的な拘束機能を喪失しているからです。とりわけS2におけるそれが、つまり行政政策状況に対する「国民の厳粛な信託」において、
限りなく縮減しているからです。ではなぜ縮減しているといえるのでしょうか。それは主権者としての国民の一般意思が、すなわち国政統治における憲法原則の遵守という、“社会的ミニマムの要請”が、立法と行政に関わる統治機関を事実上、適切に厳格に統制し得ていないという厳然たる事実が存在するからです。
このように言うと、おそらく多くの人は、いかにも根拠のない勝手な決めつけであるように思われるにちがいありません。しかしでは、法源を共有する共通の公的社会保障政策で、国民の間に、5倍近くにも及ぶ公課保険料の応能負担格差が実際に生じているという事実に関しては、どのように説明されるのでしょうか。法律や政令に基づいて、正しく執行されているというのでしょうか。ではそれらの法律や政令はどのように制定され、その適理性はだれがどのように保障しているのでしょうか。「国民の厳粛な信託」は、そこにおいて正しく機能しているといえるのでしょうか。
私たちが、一方では国家の主権者でありながらも、国政としての国家作用に従うことを自ら受け入れるのは、それらの国家作用が「厳粛な信託」に応えているからです。そして「厳粛な信託による」ということの核心を為す実体的な根拠内容はなにかといえば、それは、国政が国家の最高法規としての憲法原則に従う限りにおいて、ということでしょう。しかもそれは単なる法的な手続きにおいて正しいというだけでなく、上にも述べたような意味で国民にとっての実体的、実感的な正しさとして成立していなければならないのです。その保障の限りにおいて、主権者としての国民は「国家の政治組織並びに現実の機構」(広辞苑)としての「国政」に、すなわち受託者としての「国政」に従うのです。いわばそれは、主権者国民と国政の統治原理的な信託関係構造です。
もしこの「厳粛な信託」という観念が「国政」に対してこのような実体的な意味、内実をもつことなく、実体的な働き作用、拘束力をともなうことがなければ、つまり「厳粛な信託」が観念にとどまることなく、そこから一歩踏み出て、実体的な検証機能や執行機能を有するに至らなければ、「国政は、国民の厳粛な信託による」という命題それ自体が実体的な意味、内実を失うでしょう。またいうまでもないことですが、「国政」とはここで分立分権的に行われる国家統治の全体、全域を網羅する包括的な概念内容としてあるのであり、この信託による制約から自由な国家作用はひとつとしてないのです。
それゆえ、もし国政が「国民の厳粛な信託」によって執行されなければならないるものであるならば、そのことの反射的意味作用として、同時に国民は、国政を担う統治機関が憲法原則から逸脱したと考えられる場合に、その信託を、― 選挙によって構成される国民の代表者機関としての議会の、その国民代表性の制度基盤的正統性さえをも含めて ― “一時的に凍結する権限”を有するものである、とは考えられないでしょうか。というのは、「国政」がさまざまな政治的、社会的、経済的な「実施状況」(広辞苑)のもとで、さまざまに競合する価値的判断の選択をとおして、絶えず生成流動する多面的、複合的な活動行為としてある限り、主権者である国民の国政への信託が、不動の保障確約された信託として成立することは原理的に不可能であるからです。いいかえると、国民がその信託において、国政が選択するあらゆる統治的行為を、前もって、無条件的に承認することはできないからです。とりわけそれが、政策にかかわる選択的な国政問題ではなく、憲法原則にかかわるような国政問題として現象している場合においてです。(13)
もし国民の国政への信託がこのようなものとしてあるべきものであるならば、そして国政における主権が真に国民に存するのであれば、この“信託凍結権限”は、統治権限が“国政”に信託されているときにおいても、国民の側に保持され続けている、主権者としての根源的な国家統治権限といえます。 すべての国家作用の源泉には、あるいは背後には、この信託者(委託者)国民が保有する主権的統治権限が存することを、この前文は記している ― このようにこの前文を読み解くことは逸脱的な憲法解釈でしょうか。
この主権者権限は、国民の国政への信任、信託が続く限りにおいては執行されることなく、しかし国政がその信任を裏切れば、その信託関係を凍結しうる統治権限、すなわちそれは、“切り札としての主権的統治権限”です。国民は主権者として、国家のあらゆる統治局面において、統治権力機構への「国民の厳粛な信託」を、信任の適否、可否を決定する主権者としての権限を、この“切り札”としての主権において、すべての国家統治機関、立法、行政、司法府に対して保持しているはずなのです。 そしてこれなくしては、私たちは言葉の真の意味で、主権者であるとはいえないのです。(14)
”切り札”としての主権と有権解釈権
しかしでは、「厳粛な信託」という概念の実体的な内容がそのようなものであるとして、そのことを具体的な個々の「国政」状況において一体だれが判断するのでしょうか。憲法81条は、【最高裁判所と法令審査権】として次のように定めます。
「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」
憲法81条がこのように最高裁判所に「決定する権限」を与えている以上は、私がいまここで、“切り札としての主権”なる考えをもちだしたところで、そのような観念は何らの法的根拠も法的効果も持たない、空疎な思いつき、あるいは“三百代言”としてしか見られないかもしれません。しかしでは、この81条は、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、」という憲法前文とは関わりなく、つまり主権者である国民の信託とは断絶した地点で、国民の信託によってなんらの作用も制約も受けることなく常に成立するのでしょうか。それはいかなる外部作用を受けることもなく、不可侵の国家的権限として擁護されるべきものでしょうか。憲法81条はそのように解釈されるべきでしょうか。憲法81条と憲法前文はどのような意味関係性、規範関係性においてあるのでしょうか。
憲法81条によって最高裁判所が執行する「憲法に適合するかしないかを決定する権限」を、憲法が保障する一種の不可侵の既得権としてみなせば、その権限は絶対的なものです。しかしその憲法を定めたものは主権者としての国民であり、「決定する権限」も国民から付与されたものです。そしてその憲法は99条で、裁判官に【憲法尊重擁護の義務】を課しているのです。
それゆえ、裁判所の「決定する権限」は単なる既得権的な権限として、個別の裁判にさきだって先取、確保されたものとしてではなく、おのおのの裁判官がこの義務を、憲法81条の「決定する権限」において履行することによって、いわば動態的に成立するものととらえるべきでしょう。憲法81条の定めは無条件的なものではなく、憲法99条の作用によって規定されているのです。
ではさらに踏み込んで、裁判官がこの「決定する権限」において憲法99条を遵守しているかどうかということは、実体的にどのように確認、確証されるのでしょうか。
それとも、裁判官が憲法99条に拘束されているという、この規範的な事実だけで十分でしょうか。この事実があれば私たち国民は、「一切の法律、命令、規則又は処分」としての統治状況が、憲法原則への準拠性において問われ、争われている場合においても、その最終的な判定の拠り所を最高裁判所に帰し、その審判を全面的に受け入れることができるのでしょうか。ではなぜこのように問う必要があるのか、なぜ憲法81条や、憲法99条だけではこの受け入れが困難であり、不十分なのでしょう。それは、最高裁判所も統治機構に帰属する統治機関のひとつとして、すなわち「国政」機関のひとつとしてあるからです。
もちろん三権分立の原理によって、司法府は、立法府や行政府とは完全に分離独立した国家作用機関です。また裁判所が、裁判において議会や内閣などから直接、間接に作用を受けることはもちろん絶無でしょう。したがって、司法府を分権分立構造内での“横の関係”でみれば立法や行政作用と区分された国家機関であることはその通りです。が、同時にまた、国民との関係性においてとらえれば司法府もまた、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって」という憲法前文の「国政」のうちに、そのなかのひとつの国家機関として、立法府や行政府とともに位置づけられるべき国家作用機関です。それは主権者である国民との関係構造においてみれば、主権性を代位する“主権者機関”としてあるのではなく、統治機構に帰属する機関です。法律に拘束されつつ、法的裁定を介して国民に対し、国家による強制力を法審判的に執行する国家統治機関として、つまり「国政」の一部としてあるのです。
それゆえ、国政を信託する主権者としての国民の視点からみれば、そこには、統治機構における国政の一部としての最高裁判所が、同じく国政としての「法律、命令、規則又は処分」について審判するという構図が、つまり、統治的な自己審判性が存在します。巨視的にみるとそれは、国家統治機関が国家統治機関について審判を下すという意味で、自己自身のうちに内部的に繰りこまれた、きわめて困難な審判の構造です。それは法の問題である以前に、国家作用が国家作用について審判するということの、すなわち国家の国家による国家を対象とした自己審判という原理的困難に直面しているのです。
たとえば、裁判官が審理において憲法と同時に法律によっても拘束されているということは、一見したろころ当然のことのように見えます。がしかし、裁判官が訴訟案件への「法の適用」をするさいに、そこで拘束的に働く法律規範は何であり、それはどのように作用、機能するのかということについて行う司法判断、解釈が、必ずしも事案に対して外在的、“外部性効果的”に機能するという保障はどこにもありません。主権者としての国民が、その「法の適用」を、統治機構における包括的、統合的な法的国家作用の発現として俯瞰的にみたとき、裁判による「法の適用」が実際には、国家作用の内在的、“内部性効果的”、相互媒介的作用の一部として取り込まれてしまい、その結果として、国政(T2としての行政政策状況)をただ反復的に現状追認する目的の手段として行使されているだけであるということもありえるわけです。つまり、司法において分立分権原理が果たすべき国家作用としての“制約と均衡”の働きは形骸化し、いわば訴訟事案を単に立法的言語、行政的言語から司法的言語に“分権的に”表現しなおしただけである、文字ずらを変えただけであるという状況です。そしてそれはまさにこの国保裁判においてみられたことでした。しかし困難さ、不十分さの原因はそれだけではありません。
ある国民が行政訴訟をおこすことによって、ある国家的作用としての行政行為に対して、これを憲法原則において斥けようすることは、憲法前文の視点よりみれば、ある「国政」事象に対する「厳粛な信託」そのものを憲法原則の立場において斥ける行為である、としてとらえることができるでしょう。
もちろん原告という法的立場を選びとった者が、そのように大上段にかまえた意識のもとに訴えを起こすことはほとんどないでしょう。原告の関心はあくまでも自分が直面するある特定の法的問題状況を打開することに占められているのであって、それをどう解決に導いてゆくかがすべてなのです。ましてや自分が主権者であるというような意識は希薄でしょう。しかしその意識のありようがどうあれ、その状況は客観的にみればまさに、一人の国民が主権者として統治機関と対峙するという構図において認識されるべきことです。そこでは憲法前文の「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって」という命題が、ひとつの具体的な争訟事件のうちに引きずり出され、単なる抽象的な言葉としてではなく、ある個別的な具象性において露呈しているのです。
それは主権者としてのひとりの国民が、行政統治機関としての「国政」に対して、統治状況のあり方としての「国政」を、国家の統治原則において峻拒するという事態に他ならず、その決意性において、一種の極限的な主権者状況であるともいえます。なぜならそれは、主権者にとっても「国政」にとっても本来起こってはならない事態であり、憲法前文の視点からみて、想定外の事態だからです。では、そのような趣旨で提訴された裁判について、その審判を再び国政への信託に投げ返すことは、つまり国政としての司法統治機関に全面的に委ねるということは一体どのようなことを、どのような事態を意味するのでしょうか。
これを考えるさいに最も重要なことは、国民による「厳粛な信託」を、争訟事象としての「国政」(T2としての国政)に与えることができるかどうかという判断について、その判断の最終的な認識主体をどこに求めたらよいのか、あるいは求めるべきかということです。その認識主体が、受託者としての国政(T1)ではないことは明らかでしょう。もしその判断さえもが「国政」の側で、受託者「国政」において統制されるべきである、ということになるのであれば、そのような状況は信託者としての立場よりみて、信託という社会契約的関係行為そのものが根底的に否定されることです。
ではその認識主体は最高裁判所でしょうか。憲法81条の通説解釈は、そのような解釈を要請しているように思われます。しかしながらこの解釈に従うと、私たちは結局のところ、国政そのものについての信託可否判断を依然として、「国政」への信託において下すという事態にとどまるわけです。しかしながらそれは、本来は委託者としての国民に帰属すべき国政信託についての可否判断までもが、国政受託者としての司法統治機関そのものに託されるということにほかなりません。
しかしもしそうであるとすると、このような状況について、根源的な違和感、根源的な混乱は感じられないでしょうか。
国民が主権者の立場において、国政のあり方についてその信託の是非、信託の可否を法的に問う際に、どうして私たち国民はこの作業を再度、「国政」への信託に委ね、かつこれを「終審」としなければならないのでしょうか。そもそも「終審」とはここでいかなる統治的規範性、そして国家原理性においていわれているのでしょうか。その規範的な意味性、根拠性はだれによって、なにによって最終的に保障されているのでしょうか。そこに立ち現れる「終審」と憲法前文にいう国民の「厳粛な信託」とは、どのような関係性においてとらえるべきなのでしょうか。
ある国家行為としての「国政」が憲法原則の準拠性において問われるとき、私たちは同じく憲法原則に拘束されている、司法審判としての「国政」を、どのようにして信託し、受け入れることができるのでしょうか。それとも主権者としての国民は、憲法81条が最高裁判所に付与する「決定する権限」によって、その権限の実体的、個別的内実をそれ以上問うことはもはや許されないと理解すべきなのでしょうか。さらにはそこにおいては、この司法審判そのものが憲法のさだめに違背した判断を下すということが、絶対的に起こり得ないこととして想定または保障されているのでしょうか。
憲法81条をめぐるこのような疑問は不当、不適切なものでしょうか。そうは思えません。なぜなら、憲法81条の定めによって国民が、最高裁判所の判決をそれ以上問うことはできない終審として受け止めること、そしてこれを最高裁判所の不可侵の、不変更の権限として受容するということ、まさにそのような受容が主権者としての国民にとって困難であるような法的裁定状況がありうるからです。それはその判決そのものが、憲法の原則に反し、あるいは憲法の理念、趣旨に違背しているような、さらには国民の基本権を侵害するような判決であり、そのことにおいて、国民の国政への「厳粛な信託」そのものを裏切るような判決です。もちろんそのような判決は例外的でしょう。しかしそのような判決が存在しうるかぎり、憲法81条を、憲法前文の「国民の厳粛な信託」に優越する国家原理として受容することは、憲法前文の宣言そのものを瓦解させる状況を引き起こし得るものです。憲法81条の通説解釈に無条件的従うことが結果として、憲法前文の定め、理念そのものの成立 ― 「国政は、国民の厳粛な信託による」 ― を困難するような、そのような「国政」と国民の関係状況がありえるのです。
さていま私は、憲法原則に反するような判決の存在やその可能性を指摘することで、最高裁判所の判決を信託することはできないと述べましたが、よくよく考えてみれば、そのような多分に例外的な状況に言及するまでもなく、あるいは言及する以前に、そもそも違憲審査裁判において憲法81条の通説的解釈に従うことは、原理的に不可能であるとはいえないでしょうか。
なぜなら81条の通説解釈に従う限り私たちは、「政策実施状況」としての国政に対して提訴された行政裁判、なかんずく憲法原則や基本権に対する違背を提訴事由としておこされた行政訴訟事件においてさえ、その訴えが求め、ただそうとしている「国政」のあり方を、私たち国民は、そのような憲法原則の根幹にかかわる争訟局面においてさえ、“自己決断”することなく、その国政への信託性もろとも統治機構の側に投げ返し、譲り渡してしまうということになるからです。そしてそれは「国政」における国民の根源的なあり方、扱われ方を、すなわち私たち自身の主権的な存在性、主権的な実存性をかけたもっとも重大なこの問いを、その問いそのものを、裁判という司法的行為形式を介して手放してしまうということになるからです。
そのような、いわば国民にとっては国政との“極限的な”争訟事象として成り立っているところのこの裁判を、再び法裁定行為としての「国政」へ信託するということは、主権者による「厳粛な信託」のあり方として、国家統治の問題を、そして主権者と「国政」との根源的、緊張的な関係性をあまりにも機械的、手続き形式的に、そしてあまりにも無思考に、安逸にとらえてはいないでしょうか。
なお、念のために付け加えると、上記の問いは当該訴訟事件における原告の訴えが、法の原則において正当なものであるか否か、ということとは無関係に成り立つものです。個別の、具体的な訴えが、その訴えの事由、趣旨として不当なものである、ということは十分にありえることです。憲法原則に関わるような提訴内容であるからといって、そのことが自動的に原告側に正当性の比重をより多く配分するわけではありません。しかしながら、原告の訴えが正当なものであるかどうかに関わりなく、そして“終審審判”がいかなるものであれ、この訴えは主権性をかけた訴えとして、その訴えの主権的実存性においてあつかわれ、審判されねばならないのではないでしょうか。
国政への厳粛な信託そのものを斥けようとする争いにおいて、私たち国民はなぜ、それ自体が「国政」のひとつとしてある司法裁定としての裁判判決を、ただ信託する以外の選択しかもちえないのでしょうか。なぜそのことに疑問を抱かないのでしょうか。いうまでもなく、裁判所による司法審判も、行政府や行政庁による行政行為、行政処分と同様に、国家作用であることに変わりはないのです。そして国家作用であることにおいて、それは国民の信託によって拘束されているのであり、国民の信託によって保障されているのではないのです。
この訴訟事件における根源的な問いが、「国政」の憲法原理への実体的な準拠性についての問いとして、すなわち「厳粛な信託」そのものへの問いとして構成されているのであれば、私たち国民は一体どのようにしてこの問いを、信託する当事者としての私たち国民自身に対してではなく、裁判所という統治機関に“終審的”委ねることができるのでしょうか。「国民の厳粛な信託」が主権者としての、委託者としての国民によって、信託行為として成り立つものであるならば、その信託の可否判断そのものを、どのようにして国民は、主権者以外のものに“終局的”に託すことができるのでしょうか。
なぜ国政としての司法判断がそこで不可侵、不変更の信託対象として保護されなければならないのでしょうか。なぜ最高裁判決そのものについての違憲審査はあってはならないのでしょうか。もし国家の主権は国民に存するという原理を、私たちが主権者として保持し続けるのであれば、いかなる国家思想、統治原理、統治メカニズムにおいてこの問いそのものを信託し、あるいは譲渡することは可能であり、かつそれは現憲法が規定する国家原理と整合するのでしょうか。
もちろんそのような譲渡は不可能です。なぜなら、この問いは、本質的に、単なる統治機構、統治機関に対してのみ向けられた問いではなく、主権者としての国民自身に向けられた問いとして成り立っているのであり、その問いを問いとして成立させているところの主権原理的基盤性において、委任不能の問いであるからです。つまり、国政の受託者による国政信託事業のあり方が委託者国民の基本的な権利や便益に離反するものではないか、という問いはこの問いの原理性において、受託者である統治機構に委任したり譲り渡すことのできない問いでありましょう。私たちは国政の委託者として、「国民の厳粛な信託」そのものを国政に信託することは決してできないからです。いわんや信託すべきかどうかを、その国政局面において、国政機関そのものによって絶対無条件的に国民が指示命令されるなどということは、主権者である国民にとって根源的に受け入れることのできない、また受け入れるべきでもないことでありましょう。
この「厳粛な信託」は、主権者を主権者たらしめているところの根源的な権利、権能であって、本来いかなる国政状況においても、すなわち憲法81条的な状況においても、主権者以外の者に、― 内閣総理大臣であれ最高裁判所長官であれ ― に譲渡することのできない権利なのです。
いうまでもないことですが、民主主義の国政原理のもとに、分立分権的な国家統治の制度的機構が構築される限り、そこに行政や立法的機能から独立した司法機関が設置されることは“近代国家”として必須の必然的な要請であり、また最高裁判所の存在やそれが果たす法裁定機関としての機能、役割に対しては、十分な社会的尊重が払われるべきです。もしある国家の国民が最高裁判所の審判のあり方に基本的な信頼を寄せることができないとすれば、その国民はなんとみじめな存在でしょうか。残念ながら、そのような国家が今なお世界のうちに存在することを私たちはよく知っています。いかなる政治・社会体制であれ、そのような国政状況は、その社会共同体が健全に民主的な政治的共同体として機能してゆくための、基本的な要件を欠いていると言わざるをえません。
我が国において、最高裁判所が分立分権的な統治機構のなかで、終審的な法裁定を下す司法府機関としてあるということ、この事実について私たち国民は厳粛に受け止めるべきでしょう。それは憲法が、すなわち主権者国民が、分立分権的な国政原理に基づき、法裁定機関としての裁判所を設置するにあたって、この裁判所の有する組織規範的な国家作用権限として授権したものです。それゆえ、国政に対する国民の「厳粛な信託」それ自体についての可否判断もまたこの組織規範の圏域で扱われ、法の手続において、国政としての司法裁定に委ねられることは、国民が国政機関としての裁判所に与えた(授権した)権限に国民自らが従うという国家原理の自己拘束的な側面においてみる限り、まったく正当なことです。少なくとも国民は、司法の公正さと正義の感覚、判断を全面的に信頼することによってこの国家作用を託したのであり、そしてそれが権力分立制に求められる本来的な姿でもあるといえるのです。
しかし、国家の主権者である国民が国政による国家作用に自ら従うという国家原理が成立するためには、あるいは国政の委託者が、国政の受託者の行使する権限に従うという転倒的作用関係性が成立するためには、その国家作用そのものが ― それが租税処分であれ、司法審判であれ ― その作用の実体的なあり方において、国民の定めた憲法原則に従うという前提が、必須の要件として成立していなければならないはずです。そしてそのそのような国政と国民の関係状況は、自然現象のようにもたらされるものではなく、また安閑と国政に委ねることによってもたらされるものでもなく、最終的には、主権者である国民が自分自身の手で統制してゆくほかには、これを達成する術はないものというべきでありましょう。
とすれば、国政機関としての最高裁判所の審判が“終審的”であるということの憲法規範的な規定性が、同時に、その司法作用を憲法の組織規範によって委ねた主権者国民に対してさえ、常に“終局的”なものでなければならないというように解釈することを求めることは、本当に正しい“主権的解釈”といえるのでしょうか。というのも、最高裁判所の「決定する権限」そのものは決して無媒介的なものではなく、裁判所が「固有する」権限でもなく(清宮四郎)、国民が授けた権限として、「国民の厳粛な信託」によって拘束されているのであり、しかもここで終審とされる審判は、主権者国民が国政に対する「厳粛な信託」を或る国家作用において保持することができるものかどうか、その可否についての審判としてあるからです。とすると、「国民」と「国政」の二者はここで、― 「国政」とは行政庁および裁判所です ― 国家作用の処分者と被処分者という関係性においてでばかりでなく、国家作用の委託者と受託者という関係性においても、重層的、交錯的に対峙している、というふうに読みとられるべきものでしょう。或る国家作用が、はたして国民の厳粛な信託に値するものたり得ているかという問いかけを審判する、その司法的国家作用もまた、国民の厳粛な信託において問われ、国民の厳粛な信託に対して応答しなければならないものであるからです。
したがって、原告としての国民はここで、単なる司法審判の被処分者にとどまるものではなく、自覚の有無は別にして、国政としての国家作用を法的争訟を介して主権的に統制しようとする主権者の意思と立場においても存立しているのです。他方、憲法前文にいう「国民の厳粛な信託」を、国政一般に対する国民意思の優越あるいは国民意思の支配、統制と解するならばその関係作用は、この事件を審判する最高裁判所の国家作用そのものに対しても及んでいる、というふうに背景理解されなければならないでしょう。仮に、特定の個人のうちにこのような国民の意思を認めることなどはできないという反論があるとすならば、国民の意思が主権として、国家の最高意思として、国政のあり方に異議を申したてるということは、事実上不可能になるでしょう。国政と主権者国民の関係において、単独者としての国民は排除されてしまっているからです。しかし単独者としての国民を離れて、ある特定の単独者としての国民とは別のところに、国民一般などというものは存在しないのです。
少なくともそれが、明らかに「公共の福祉」に反するような恣意的な意思においてではなく、憲法規範に基く意思の表明である限り、主権は特定の個人のうちにおいてもみいだされるべきものです。いえ、この個人のうちにこそ主権は存するべきものでしょう。
そうすると、裁判が終審的であるということと、その審判が主権者国民の視点、立場において終局的であるということとは、それぞれ位階性の異なる(非・等根源的な)、二つの国家原理的拘束としてとらえるべきでありましょう。つまり、そこにおける裁判の終審性は、憲法81条という授権規範としての国家原理によって自己完結的に閉じられるべきではなくて、 ― それは「終審だから終審なのだ」という81条に基く“自己循環論法”にとどまることです ― その審判が法令および憲法原則に基づいて行うその審判作用それ自体もまた、主権者の意思において審判されるべきものです。
ここにいう主権的意思としての審判とは、行政争訟事件として法的係争の俎上に載せられた当該国家作用が、いわば国政のあり方として国民の厳粛な信託に値するものであるかどうかという、その訴えの趣旨に対して差し向けられる司法の実体的審判作用そのものを扱い、審判の対象とします。それは、その司法審判中に表出する権力分立原理の個別的、実体的な発現において、その司法審判の包括的あり方そのものが、国民の視点よりみて、「国民の厳粛な信託」としての国家原理的枠組みのうちにあるものかどうかということを主権的に審判するものです。そこに現われる審理、審判作用そのものが、国民の信託原理によってとらえ返され、この原理作用のうちに再び繰り入れらてゆくのです。別言すればそれは、この司法審判が、最高裁判所に司法権を授権した憲法81条のさらに基礎にある“国民信託原理”、つまり憲法第81条をその根底で支え、かつこの条文を根源的に拘束する、“憲法前文原理”に照らして、終局的に判断されるということです。ではなぜこのように言えるのでしょうか。それは、その司法審判作用も国家作用のひとつとしてあるのであり、その限りにおいて「国民の厳粛な信託」によって拘束されている、ということはもちろんそのとおりでしょう。しかしそれだけではありません。
日本国民が、日本国憲法第81条を介してこの国家作用を行う権限を最高裁判所に授権したその際に、日本国民は同時に、この自身の授権行為そのものを「国政は、国民の厳粛な信託による」という原則によって拘束しているはずです。これは、授権にともなうこの自己拘束がもしなければ、最高裁判所という国政組織への授権を、民主制の政治原理と整合させることはできなくなると考えられるからです。それどころかそのような授権は、つまり「国民の厳粛な信託」が授権の要件としてその授権行為自身のうちに結び付けられていないような授権は、国家のうちに、主権的意思から切断され、主権的意思をも超越する、絶対専制的な司法権力が成立することを容認してしまうでしょう。もちろん主権者を含めて、そのような権限を与えることのできる政治的主体を、現憲法の下における我が国のうちに見出すことはできません。
それゆえ、主権者によるこの授権行為そのものが、この信託原則によって自己再帰的に、自己拘束的に統御されているのであり、この原則による拘束を、最高裁判所による81条授権権限の実体的な執行のあり方から解除することは、81条授権のまさにその授権原理においてできないことです。したがって、この主権的自己拘束において、主権者国民は、最高裁判所の法令審査権のあり方そのものを主権的に問い返す、その責務を自らに対して負うのです。「国民の厳粛な信託」が、「国政」としての最高裁判所を拘束することはもちろんのことですが、その拘束そのものが、主権者自身を統制し、拘束しているのです。その拘束を主権者は、自己による自己の統治という民主制の統治原理において取り外すことはできません。それを外すことは、最高裁判所が主権を超越する権限を有することを許してしまうからです。他方、私たち国民は、「国民の厳粛な信託」そのものを、私たち国民自らをも含め、それがいかなる国家的主体や国家作用であれ、それらの名において不問に付し、あるいは凍結固定することもできません。信託関係そのものを時間を越えて恒常的、安定的に保障するような自足的、自己準拠な原理は、信託原理における受託者との相互関係的原理性そのものにおいて不可能であるからです。そのような閉鎖的、自己完結的原理としてではなく、「国民の厳粛な信託」は、間接民主制の原理のもと、国政統治機関の導入によって制度主体的に分裂する、統治する自己と統治される自己を再び結びあわせ、両者の政治的意思の一致を国政機関 − 最高裁判所を含む − の委託権限によってではなく、あくまでも国民の主権的意思において最終実現するための媒介的な統治原理としてあるのです。それは単なる静態的な理念としてではなく、動態的、能動的な作用関係としてとらえられるべきものなのです。(15)
もしある国民がある行政上の国家的作用に対し、その作用の憲法原則への準拠性を疑い、そしてこれを国政への信託可否という主権原理的な問いとして構成し、国政機関に問いただすのであれば、最高裁判所の「権限」はそれとして、私たち国民自身がこの問いを、国政としての司法審判のあり方を含めて、国家原理的な信託問題として自らの側に引き戻し、これを主権的に回収し、主権者として国政と対峙する必要があるはずです。もしその確認を自ら為し得なければ、そしてそうするかわりにこの問いを、ただ国政統治機関の相補的、相互媒介的な作用関係における、自己準拠的、自己循環的な説明原理に委ねることでこと足れりとするのであれば、そのことは事実上、私たち国民が自らの主権性を放棄することに等しいことです。なぜならそれは憲法前文にいう国政への「国民の厳粛な信託」そのものについての可否判断を、そっくりと包括的に統治機構に譲渡することであり、そしてそのことは、私たちがもはや自らの主権性を、すなわち国家の最高意思を、実体的な作用力として国家作用に対して及ぼすことを放棄する、あるいは断念するということになるからです。
それはしかし、決して憲法原則を憲法前文の理念において遵守することではありません。それは、私たちが主権者としての、そして憲法制定者としての自覚と覚悟を捨てるということであり、自分の頭で考え、判断し、行動ることを自己停止したということです。現憲法が、憲法81条において主権者としての国民に投げかけている憲法原理的な課題から目をそらしているだけなのです。(それはつまるところ、E.フロムのいう『自由からの逃走』的な状況でもありましょう。)
しかしいうまでもなく、国家作用としての司法審判においてのみ、「国民の厳粛な信託」はあらかじめ前置的に確保されている、などと決めつけたり思い込んだりすることは、根拠なき謬見であり幻想に過ぎません。繰り返し述べますが、司法審判も国家作用のひとつであり、そのことにおいて、主権者国民の視点からみて、行政の国家作用とまったく同列にとらえるべきものなのです。両者はともに、憲法諸原則の枠内で、「国民の厳粛な信託」によって根源的に拘束されているのです。裁判官が、「その良心に従ひ独立してその職権をおこなひ、憲法及び法律にのみ拘束される」(憲法第76条B)ということも、「国民の厳粛な信託」において言われていることであり、独立して職務をおこなうことが、この信託さえからも切り離されて、どこかに独立不羈、絶対不可侵の国家権限として確保されているわけではないのです。(16)
それゆえこれらの問題点について、憲法前文にいう「国民」と「国政」の信託構造関係をふまえた上で、主権者としての国家原理的視点から批判検討することなく、むしろ反対に憲法81条をその表層的な文理解釈によって理解することで、最高裁判所の「決定する権限」をその絶対性において受け入れるような思惟のあり方は、またそのような思惟を憲法原則において国民および原告に要請するような思惟のあり方は、いかなる主体であれ、憲法解釈における思考の陥穽ともいうべき重大な認識上の錯誤に陥っています。
それは主権と国政の関係性に関して、現憲法が抱える一種の不備、あるいは“空隙”を見過ごし、あるいは直視することなく、そのかわりにそこで強引に表面的な条文整合性を貫徹させようとすることです。そしてそのことによって生じている憲法原則内矛盾、憲法原則的自家撞着には無頓着でいながら、そこから発生する矛盾を、統治機関の「権限」によってその上から強引につじつま合わせしようとしているだけのことなのです。なお、そこにおける主権原理的な判断主体をどのように構成し、構築してゆくかという問題は、上にものべたようにきわめて困難な課題ではありますが、その困難さを理由にして、ここにおける主権者国民と国政との輻湊的、重層的な関係構造から目を背けることは、そのことにおいてすでに主権性を放棄していることなのです。
要約しましょう。私たちは、一方では主権者として、国政を分立分権的な統治機構に信託しながらも、同時にまた、その国政が憲法原則や私たちの基本権を侵害することさえなし得るという基本的状況に直面しています。しかも私たちが「国政」によって不当に扱われたという認識のもとに、これを法令に基づいて是正しようとする際に、私たちが取り得る法的選択も依然として、「国政」を媒介した国政的手段の他にはありません。私たちは、その実施状況としての国政についての法裁定審判を、再び憲法と法令の定めによって「国政」としての司法府に委ねざるを得ません。しかもこの審判を終審として受け入れなければならないとされているわけです。
この一連の過程で私たち国民は、さまざまのあり方における「国政」と、統治機関を介して、その都度さまざまな法的関係性によって関わりをもつわけですが、「主権は国民に存する」と言われながらも、それらの関係性においてそのことを実感することは困難です。いや大事なことは単に実感することではなく、主権性をどのように実体的な作用力として、正当に、そして適切に“手続き”として反映させることができるのかということです。さらにはそのことを私たちは主権者として、主権性においてどのように客観的に知り得るのか、確認し得るのかということです。
この問題は、手ごわくまた複合的であり、おそらくさまざまな視点、視角から分析できるでしょう。しかしその議論がいかに複雑錯綜として、手に負えないようなものに見えたとしても、それらは最終的には、主権者の立場においてとらえかえされることによって、主権的な制度論に到達し、これを経由して、ひとつのあるいは複数の具体的な制度機構のうちに実体的な像を結ぶことが求められるべきではないでしょうか。なぜなら、国政を「厳粛な信託」において委ねるということは、単に主権者としてのある静態的状況を意味するだけではなくて、「国政」としてのあらゆる統治状況について、それらを統治権統制的に統括することを意味するものでなければならないからです。それらをメタ統治的な意味水準において対象化し、思惟捕捉し、そして最終的にはこれと主権発現的に対峙する手段、回路を制度として持ち得ないとすれば、私たちは主権者として存立しているとはいえないからです。
またそのようにして、開かれた民主的、合議的な過程のもとに主権性を制度的に実体化する企ては、たとえそれがいかに不完全なものであったとしても、国政統治における現在の一種真空的な状況、主権空位的な状況にとどまることよりははるかに健全で望ましいことだからです。
そのような作業はいうまでもなく、私の能力をはるかに超えたことですが、少なくともこの国保裁判は、原処分から判決にいたる“てんまつ”の過程で、この問題への手がかりを、またこの課題を追求することの意味と必要性を、統治制度、憲法、主権などの基本概念をめぐって論点凝集的に、論点先鋭的に浮かび上がらせています。
そのような制度論を用意するための、さしあたっての下準備的作業のひとつとして、主権と統治の関係性について、“有権解釈権”という概念の助けをかりて整理し、さらに考えてみたいと思います。
まず最初に、ここで憲法前文にもう一度戻って考えると、次のようには言えないでしょうか。つまり、上記の憲法前文を解釈するに際して、私たちは、「国政」を担う統治機関の国家作用 ― さまざまな行政過程上の行為や認知活動全般、立法行為、法解釈、法の適用などなど ― の無謬性や非逸脱性、これら国家作用の恒常的な妥当性や規範的完全性などを所与の前提として設定し、その前提の上に、主権者と「国政」の関係を固定された、不動の信託的関係として構築することはできないということです。また、そのような関係性としての信託観念を前提することによって、国民に対して、統治機関が制定し、執行する法制度的規範や行為に従うことを、“先験的”に「法の支配」の原理適用として要請することは何人もできないということです。
もし私たちが、このような了解性において「法の支配」という観念および事態をとらえるとすれば、それは根源的な錯誤に落ちることです。 なぜならそこにおいて前提されている、時間や状況を超越し、一切の疑義、検討を受け付けつけることなく適用される信託関係などというものはそもそも、主権者国民と「国政」の間に、主権者国民と立法、行政、司法の統治機関の間に成立することはできないからです。
繰り返すとこれは、立法府や行政府のみならず、法裁定機関としての司法府を含めて、すべての統治組織に対していわれることです。「国政」とは主権者である国民によって三権分立的に国に委ねられた、国の包括的な作用、働き、「実施状況」のことだからです。(裁判所も「国政」における統治機関のひとつであって、統治機構の外部性としてあるものではありません。)
憲法前文がいうように、「国政」が「国民の厳粛な信託」によるものであるとしても、一切の疑義を受け付けない絶対的な信託関係が、前もって統治機関と国民との間に成立しているわけではないのです。そしてこのことは、分権統治機関がどのように法を扱い、法を解釈し、法を執行するのか、という事象局面についてもいえることです。すなわち「法の支配」という観念は、主権者としての国民の視点よりみれば、まず統治機関を統制する規範原理としてあるのであって、統治機関が法を取り扱うそのあり方そのものが、 ― その制定、解釈、適用そのものが ― “信託的”に、あるいは“超越論的”に「法の支配」として成立しているわけではありません。反対に、統治機関が法を取り扱うそのあり方そのことに対して、「法の支配」は厳しく適用されねばならないのです。(17)
“法の支配”という観念が、国民にとって単に制定法として公的に定立、制度化された法規範原則に従うことを意味するだけならば、法の支配とはその法規範原則を定め、解釈し、適用する統治機関の権限に従う以外の選択を許すことはないでしょう。しかし問題は、たとえば法を解釈するその公的解釈権限 ― 「有権解釈権」といいます ― のその究極的な根拠、適理性、正当性の源泉はどこに由来し、どこに社会帰趨するのか、という問題でしょう。それが通常、有権解釈権をもつとみなされている当該統治機関― それは行政府、行政庁でもありえます ― に帰属すると考えられ、そして最終的には憲法81条により最高裁判所に帰属するものとして国民に受け入れられているのは、この解釈が、法の理路において逸脱なく、公正で、恣意を排し、そしてそれらのすべてにおいて憲法の諸原則に従うものである、という前提の充足が“信託的”に社会了解されているからでしょう。“法の支配”とは、この国民の信託の前置の上に、「国政」統治機関におけるこの信託の誠実な受託と履行のもとに初めて成立しうるものです。そしてそれはあくまでも「国民の厳粛な信託」の上に成立していることであり、同時にしかし、そのことについて決して白紙の委任状が発行されているわけではないのです。
(1) 「お前の言う、三権協働的な不作為の体系とは、あくまでも司法的に解釈されたものとしてとらられるべきものではないか、なぜなら裁判所は、原告の訴えを認め、原処分を違憲的なも
のとして斥けることができたのかもしれないのだから」、という反論は正当なものですが、裁判が終わった今となっては、たいして意味のあるものとは思われません。なぜなら、司法府
が原判決によって原処分を、三権統合的に法認証したことによって、立法府や行政府の統治的な在り方、公定力などは、その司法判断において最終的に規範定立され、制度確立さ
れたと了解されるべきだからです。司法府の法解釈は、終審判断として単なる解釈以上のものでもあるからです。 それはそれ自身において統治的制定性をおびた、統治執行行為、
国政行為としてあるのです。
(2) 飯尾潤 『日本の統治構造』 中公新書 2007 i頁
(3) 杉浦泰雄 編 『新版 体系憲法事典』 青林書院 2008 675頁(執筆は岡田信弘)
(4) 飯尾 2007 80頁
(5) 「立法権・行政権・司法権は、いずれも、統一的な国家権力の一部を構成するものであり、
それらの「分立」は、国家権力の統一性をくつがえすものではなく、国家権力を行使する
機関の「権限の分立」にすぎないものである。この場合、各機関はその権限を固有するのではなく、国家または憲法によって授けられた範囲の権限を行使するのである。そうして、
これらの権限のよってきたるところは、民主国では、国民の主権にあるものと考えられる。」
清宮四郎 『憲法T 統治の機構』 有斐閣 1971 90頁
(6) “主権”という概念については、多くの法律書がこれを複数の概念構成に分けて説明します。こ
の概念理解を踏まえた上で本稿では主に、主権を国家の最高意思(または最高意志)、―
下記引用文でBの意味 ― で用います。
「主権の意味については、それが多義的で歴史的な概念であることから、多くの解釈や議論存在するが、一般には@国家権力そのもの(統治権)、 A国家権力の最高・独立性、
B国政についての最高の決定権、という3つの用法が指摘されてきた。
このうち@は、ポツダム宣言8項の『日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国・・・・・・ニ局
限セラルベシ』という場合の用法であり、自国の領土に対する統治権ないし『統治活動をなす
権力』を総称する概念である。 Aは、『国家の主権』すなわち国家権力が、対外的には他の
いかなる権力主体からも独立し、対内的には他のいかなる権力主体にも優越して最高である
という、主権の最高・独立性を意味する用法である(憲法前文第3段)。Bは、『国家における
主権』の問題として主権の対内的側面に注目して国民主権や君主主権などという場合の用
法であり、憲法前文第1段や1条で用いられる。憲法学界の通説的見解は、この意味での主
権を『国政についての最高の決定権』ないし 『国家意志を構成する最高の原動力たる機関
意志』、『国の政治のあり方を最終的に決める力または権威』(芦部信喜)のように解してき
た。」 杉浦泰雄編 『新版 体系憲法事典』 青林書院 2008 650頁(執筆は辻村みよ子)
(7) 国家の主権は国民にあるといわれるとき、― 憲法前文にいう「主権が国民に存することを宣
言」の意で ― その国民がなにを意味するかについても、憲法学では複数の解釈があるよ
うです。本稿ではこの国民を、単なる観念的な意味における国民ではなく、自然人としての国
民、「個々人の集合としての国民」、いわゆる「人民=プープル主権論」で概念理解されたも
のとしての意味で使用します。ただしそのことは、観念としての国民の、その観念の実在性
を軽視するものではまったくありません。 「国民主権」の詳しい学説史については参照、
渋沢秀樹・赤坂正浩 『憲法2統治』 有斐閣アルマ 2010 240頁
(8) 昭和21年に公布された日本国憲法が、GHQ(連合国総司令部)の大きな関与性、働きかけの
もとに制定されたことは、その成立過程の歴史的側面として否定できません。この働きかけは、
まさに憲法草案作成における働きかけです。それゆえ私たちがこの憲法をみるさいに、“憲法
制定者としての国民”という観念にある腫のためらいを感じるのは当然のことです。とはいえ、
それがために、今日にいたるまで大多数の国民は現憲法を、消極的に受け入れてきたに過
ぎないとみなすことも正しい歴史認識とはいえないでしょう。
私たちは、憲法制定の歴史経緯的な成立側面を認め、自覚しつつも、同時にまた、憲法の成
立原理の条理的基盤性を、憲法が国民主権のもと、国民自身によって制定されたものとして
了解してきました。戦後史を通して私たちの多くは現憲法を、この了解性を“約束ごと”として
共有することによって、この了解性の上に包括的に受容してきたのです。
そしてこのような約束ごとが成り立つのは、なによりも国民自身が、憲法の定める平和主義
(戦争の放棄)や人権原則を自発的に支持しているからであり、あれやこれの条文解釈の
以前に、これらの憲法理念が国民のうちに確固とした価値として深く根をおろし、内面化され
ているからでしょう。それらが国民を分断することなく、国民を結びつける普遍的な価値として
あるからでしょう。
そしてこのような憲法受容が国民大多数の規準で成立しているか否かが、憲法の実体的な
意味における正当性の最重要の判断根拠でしょう。 なぜそう言えるのかというと、憲法規
範の正当性とは、主権者である国民の承認付与を除外しては成立しえないからです。また
これを超えて、これ以外の何かよってその正当性を揺るがすことはできないからです。
(9) 杉浦泰雄 編 『新版 体系憲法事典』 青林書院 2008 340頁(執筆は小林武)
(10) 新井誠 『信託法』 有斐閣 2014 3頁
ただし新井教授は上記引用文の前で次のように述べ、信託概念の多義性を指摘しています。
「『信託』の語は多義的である。日本国憲法は『そもそも国政は、国民の厳格な信託によるもの
であって・・』と規定しており、国際法では国連信託統治といった概念もある。信託法上の信託
は、民法上の代理・委任・寄託等、商法上の匿名組合・問屋等と並ぶ財産管理制度である。」
(11) 「信託制度は、一方において、受託者に広範な自由裁量権を与えるとともに、他方において、
受益者の最善の利益(best interest) を図るために、受託者に厳格な義務と責任を課してバ
ランスを図ろうと試みているのである。 旧信託法が、別名受託者規制法と称された所以で
ある。」 新井 2014 249頁
上記の言葉は、財産管理制度としての信託についていわれたものですが、「国政」にもそのま
ま当てはまるでしょう。「国政」が、組織としても施策としても、国民の厳粛な信託によるもので
ある限り、受託者としての国政には広範な自由裁量権が与えられる一方で、受益者国民の
「福利」を図るために、「厳格な義務と責任」が課せられるのです。
実は当初、さしたる根拠もなく、憲法前文にいう「信託」が財産管理制度としての信託観念と大
きく隔たるものであることを強調しようとしたのでしたが、浅薄な予想に反して、財産管理制度
としての信託法が、憲法前文にいう「国政」制度としての信託に対してもさまざまの示唆に富
む法体系である、との認識を得ました。
たとえば、「受託者の義務の類型」として挙げられる、「善管注意義務」、「忠実義務」、「公平
義務」などの諸規定は、国政のすみずみにまで広く行きわたらせたい、国政の行為規則たり
えるでしょう。 しかしよくよく考えてみれば、これらはより抽象的、包括的ななかたちで、部分
的には憲法に定められているのです。
つまり受託者としての国政にとって、憲法こそが信託法が定める「受託者の義務等」に相当す
る規律なのでしょう。問題は、委託者であり、受益者であり、そして主権者である私たち国民
が、ではそれをどのようにして、「受託者規制法」として機能させるかということです。その課題
を私たちは、戦後一貫して、おろそかにしてきたのではないでしょうか。
(12) 「ところで政治学者によれば、自民党は党内に膨大な政策作りの仕組みを持つ政党として
世界に例を見ない政党といわれている。政調会の下の部会、小委員会、調査会、特別委員
会などが省庁別、政策分野別に三桁になんなんとする数が作られ、個別には消長を繰り返
しながら全体として再生産されてきた。 ……………
更に興味深いのは、この壮大な党の政策作りのシステムは官僚の積極的な関与によって支
えられ、その中で官僚は実質的に政治を行っていたといわれるほど、その役割は極めて大き
なものがあった(最近の表現で言えば、『官僚は行「政」をしてきた』ということになる)。政治
家同士が意見を異にする場合、その調整が官僚によって行われたといわれるほど、政治家
主導の内部にまで官僚が入り込んでいたという。族議員の登場はこうした官の存在感を前
提にし、それとの共同統治を試みるものであった。また、議院立法の増大はこうした枠内で
の両者の関係の変化を物語っていると考えられる。政党政治家が政府に入り、官僚とそこで
共同作業をするという図式は諸外国で普通であるが、官僚が政権党の中に入って政策作り
に関与するというのは極めて異例である。ここに日本における政官関係の独特の厄介さが
ある。」
佐々木毅 『政治の精神』 岩波新書 2009 222頁
(13) 信託法は「第3節 受託者の責任等」で次のような規定を設けています。
(受益者による受託者の行為の差し止め)
第44条 @受託者が法令若しくは信託行為の定めに反する行為をし、又はこれらの行為を
するおそれがある場合において、当該行為によって信託財産に著しい損害が生
じるおそれがあるときには、受益者は、当該受託者に対し、当該行為をやめるこ
とを請求することができる。
A受託者が第33条の規定に違反する行為をし、又はこれをするおそれがある場
合において、当該行為によって、一部の受益者に著しい損害が生じるおそれが
あるときは、当該受益者は、当該受託者に対し、当該行為をやめることを請求す
ることができる。
なお、第33条とは、(公平義務)の規定です。
第33条 受益者が2人以上ある信託においては、受託者は、受益者のために公平にその
職務を行わなければならない。
信託法の第44条とは、受益者の権利に基づき、受託者に対して行使される、“切り札として
の受益者権”であるということができるでしょう。そしてこの権利関係は、受益者を「国民」に、
受託者を「国政」としての統治機構、および統治施策状況に置き換えて、そっくりそのまま国
民と国政の関係に適用されてよいものである、といえるのではないでしょうか。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって」と高らかに宣言した憲法前文は、も
しそこにこの信託法第44条に相当する定めを合わせて規定していれば、より一層、地に足が
着いた憲法になっていたでしょう。
蛇足ながら、憲法学者は憲法学の天窓を開け放って、“信託法”の堅実、質実の気風に少し
あたってみてはいかがでしょうか。信託法の枠組みを借りつつ、主権的な信託観念を信託法
的に構成し、実体化する試みは、その成否は別として、国民と国政の信託関係をより主権的
に統制する契機となるでしょう。そのような試みそれ自体がひとつの主権の行使なのです。
(14) 「切り札」という表現は、長谷部恭男教授が提唱した「『切り札』としての人権」という表現から
借りてきたものです。 長谷部恭男 『憲法』 新世社 1996 118頁
実は、この「切り札」という言葉にかわる言葉をいろいろと思案してはみたのですが、これほど
ぴったりとくる表現は見つけられませんでした。
恥を忍んでひとつ紹介すると、“真打ちとしての主権”というのはどうでしょうか ・・・。
なお長谷部教授は、「主権概念の見直し」という小題で次のように述べます。(同書16頁)
「主権が無制約であるとの考え方は、権力分立や違憲審査など、さまざまな制度によって
国家権力を制約しようとする近代立憲主義の考え方と正面から対立する。『国民主権』の
原理が国民の政治参加を広範に要請するという前提をとったとしても、そうして政治過程
に参加する国民は、さまざまな制度の枠組みを乗り越えて無制約に国政を決定しうるもの
ではない。」
たしかに「権力分立や違憲審査など」が国家権力を正しく、適切に制約している限りにおい
て、主権のあり方は無制約なものではないでしょう。文章後段もその限りにおいてその通り
です。しかし問題は、「国家権力を制約しようとする近代立憲主義の考え方」にもかかわら
ず、現実のある国家統治機関が、ある統治局面において、まさにこの立憲主義そのものか
ら逸脱し、しかも「権力分立や違憲審査など」がその状況において十分に、あるいは適切
に、その役割機能を果たしているとは考えられない、といった場合はどうなのかということ
です。ここで私たちは、三権の国家機関に分立的な国家権力を授権した憲法の原則を尊重
することが、実はその名において、これら分立権力の特定の国家作用そのものを擁護した
り支持するための根拠づけに持ち出されているような、そのような言論や状況に対して十分
に警戒すべきでしょう。それこそは立憲主義を尊重するかのように見えて、憲法の理念
に真っ向から対立する、反憲法的な憲法解釈だからです。いうまでもなく、現憲法が個別の
国家作用についてあらかじめ、なんらかの合憲性の保障を国民に与えるなどということは
できないことであるし、また三権の包括的なありかたそのものについての主権的審判およ
び実体的、機動的な主権的統制も、現憲法の役割と権能を超えています。
仮に“権力分立という統治原理や司法による違憲審査によって、つまりこれら国家作用の
働きのおかげで主権や国民の権利はいかなる国家行為、国政作用によっても決して不当
に侵害されることにはならず、又ならないことになっている”などとというふうに考えるとすれ
ば、国政側に与したご都合主義であり、しかも思考の転倒以外のなにものでもありません。
他方、国家行為に対する主権的意思(主体)を構成することの困難さを理由にして、やはり
同様の結論にいたるとすれば、そのような思考も同じ誹りをまぬがれ得ないでしょう。
翻ってでは、国家権力と国民の正当な権利や福利が真っ向から対立する状況においても、
はたして「さまざまな制度の枠組み」は「『国民主権』の原理」によって乗り越えられてはな
らないのでしょうか。むしろそこにおいては、国家権力を制約するためのまったく別の主権
原理的社会制度が、“国民主権の原理”によって構想されるべきではないでしょうか。
無論、主権はそのときも無制約であってはならないでしょう。が同時にそれは、立憲主義
を尊重しつつも、国家権力を再び別の方法、別の手段によって統制しなおさなければなら
ないでしょう。“切り札としての主権”は、その原理となる考え方であり、根拠概念です。
(15) 「民主制とは、法律、命令、裁判判決、行政処分など、いろいろな形式であらわれる国家の統
治意志と、それらによって統治される国民各自の意志とを一致せしめ、統治する者と統治さ
れる者との間に自同性(identity)の関係をもたせようとする原理、いいかえれば、国民の政
治的自治または自律を認める原理をいう。これに対して、専主制とは、統治される者が統治
する者の側に立つことを認めないで、治者と被治者との間に超越的な関係をもたせようとす
る原理、いいかえれば、もっぱら他律主義による統治原理をいう。絶対制(absolutism)また
は独裁制(dictatorship)という言葉も、ここにいう専主制と同義に使われることももある。こ
こにいう民主制及び専主制は、いずれも、国家の理想類型(Idealtypus)を示すものであって、
その純粋なものを現実の国家に求めることはできない。歴史上実際に存立する国家には、
多かれ少なかれ、右の二つの原理がいつも入り混じっていて、どの実在国家も、厳密にいう
と、民主・専主両制の混合形態を示している。通常、民主国といわれるのは、民主制原理
によって比較的に強く支配されている国家のことであり、専主国といわれるのは、専主制原
理がより多く採用されている国家のことである。
民主制は、日本国憲法の採用する、もっとも重要な基本原理であり、この原理は、憲法の
全面に浸みわたっている。」
清宮 1971 55頁
「国家の統治意志と、それらによって統治される国民各自の意志とを一致せしめ、」とは、
はたしていかにして実現されるのでしょうか。そのことは今すでに実現しているのでしょう
か。実現しているとして、そのことを国民は何によって、どのように知るのでしょう、知り得
るのでしょうか。それとも、三権による分立権力の働きそのものが、その一致を保障して
いるということなのでしょうか。
はたして実現しているということを私たちは知っているのか、それとも知っているかどうか
それ自体を知らないということでしょうか。
(16) ここで憲法79条Aが定める、最高裁判所の裁判官に対する国民審査について触れると、
この条項は、衆議院議員選挙の際に、国民に同裁判官に対する罷免権を行使する機会
を与える内容であることから、主権者である国民に最高裁判所への直接、あるいは間接
的統制を認めるかのごとき印象を与えます。
ではなぜそもそも国民は、特定の裁判官を罷免しなければならないことがあり得るの
でしょうか。それは憲法が、罷免にも値する審判のあり得ることを万が一にも想定して、
国民に罷免という選択肢を、憲法上の権利として用意していたからでしょう。そしてこの
裁判官の下す司法審判に対する国民の否定的評価が、一定の法的手続きを経て、そ
のような処分を現に要請するにいたるからでしょう。その評価こそは、「投票者の多数が
裁判官の罷免を可とする」もっとも有力な根拠である、と言うべきであります。そして、こ
のような状況事態の起こり得ることを、あらかじめ憲法が想定していたということの意義
は、国民と司法の関係を考えるときに、どれほど強調しても強調し過ぎることはないで
しょう。なぜならそこには、国民の司法的国家作用に対する信託関係に向けて、ある種
の“制度的な留保”が確保されているように読みとれるからです。
ところで、国民にとって真に重要なことは、個々の裁判における個々の司法作用において
個々の裁判(官)の審判が、憲法の原則と社会正義の観念に基づいて、適切に正しく行わ
れているかどうかということであり、そうであれば、司法への国民審査は、個別の裁判に
おける個別の審判のあり方を飛び越したり、棚上げにしてはできないはずです。
この観点よりみれば、任命後十年を経過するごとに裁判官の罷免の適否を問うという条文の
規定内容は実際のところ、国民意思を司法のあり方に反映させるという目的を実現する方法
として、疑問なしとしません。なぜ国民は十年の間裁判官を見続ける必要があるのか。十年
の根拠、十年の意味とは何でしょうか。条文の規定は条文の目的に整合しているでしょうか。
第一、内容のまったく異なる裁判をいくつも束ねて、それらを全体として審査したり評価するな
どということができることなのでしょうか。それとも、オリンピックの体操競技のように、刑事裁
判は何点、行政裁判は何点、というように合算することが求められているのでしょうか。
いずれにせよ、もしこの規定が裁判官に対して、「いかなる司法判断であれ、国民は十年の間
は不問に付し、無条件に受け入れよう」ということを主権的に宣明するものであるのならば、憲
法の制定時はどうあれ、今日の多くの国民にとっては受け入れ難い考え方でしょう。なぜなら、
司法行為を含め、あらゆる政治的判断とは基本的に、「今、ここで」現前する事象問題であり、
そのことは「国民審査」としての政治的判断にも及ぶべきものだからです。決して十年後では
なく、「今、ここで」正しい裁判が行われるということこそが重要なのではないでしょうか。
それゆえ、本条項が司法的国家作用への主権的統制を旨とするものならば、その制度規定
から即応性や機動性の要素が捨象されていることは、法規のあり方として不十分に感ぜられ
ます。
にもかかわらず、この憲法条項は国民にとって決定的に重要です。なぜならこの条文は、
@ 裁判所の裁判官の審判が、国民にとって受け入れることのできないものであり得ることを
主権者の名において認識し、A さらには国民のそのような受けとめ方が、裁判官の審判に
も優越することを前提として、その位階関係を裁判官の罷免という処分審査のうちに法実体化
しているからです。憲法はここで、司法作用を全面的な国民の信託に委ねてはいないのです。
それゆえこの基本原則を堅持しつつ、この条項を貫く思惟のコロラリーにおいて(論理的帰結に
おいて)、この条項趣旨をより良く社会実現してゆくためのより良い主権的制度構想が求められ
ているのではないでしょうか。また上記のAは、国民のこの審査が理論上、その判断において、
最高裁判所の判決そのものに優越することを含意していると解せられるのではないでしょうか。
もちろん裁判官を罷免できたからといって、現行の制度においては、判決そのものが無効にな
るわけではありませんが。
重要なことは、ある裁判官を罷免すべきかどうかというよりも、― “ひと”の評価というよりも、
あくまでも司法的国家作用に対する主権的統制が実効的に確立され、確保されているのか
どうかということなのです。
(17) ここでは「法の支配」という語を、立憲主義的な要請という意味とほとんど同義で私は使用して
います。立憲主義は“法の支配”の原理の上に、国家権力の制限をはじめて実現し得ます。
「近代立憲主義憲法は、個人の権利・自由を確保するために国家権力を制限することを目的
とするが、この立憲主義思想は法の支配(rule of law)の原理と密接に関連する。
法の支配の原理は、中世の法優位の思想から生まれ、英米法の根幹として発展してきた基
本原理である。それは、専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束す
ることによって、国民の権利・自由を擁護すること。」
芦部信喜 『憲法』 第5版 岩波書店 2011 13頁
この頁続く
2014年5月16日 西秀樹
2014年8月31日 加筆
この一冊 9
燈台を舞台にした絵本です。
この作品も、邦訳が待ち望まれる一冊です。
Robert Munsch, Janet Wilson
『Lighthouse』 2003

5で紹介した Cat Heaven の邦訳が出版されました。
シンシア・ライラント 作・絵 まえざわ あきえ 訳
『ねこたちの てんごく』 2013 ひさかたチャイルド
